なぜ乾杯はビールなのか?(その2)

 前回、「ビールで乾杯」は液体を共有するという友好儀礼であり、「仲間であることの確認」である、ということを確認した。今回は、なぜ「ビール」なのか、を考えてみたい。
「盃を交わす」とか、「三三九度の盃」のとき用いられる酒は、日本酒である。だから飲み会の乾杯のときも日本酒の方が良いのだろう。伝統にのっとれば日本酒なのだろう。
 しかし、「乾杯」といえば「ビール」なのである。
 では、なぜ、ビールなのか。


 山口瞳の『酒呑みの自己弁護』(新潮文庫1979年)の「ビールの不思議」にこうある。

 ビールというのは不思議な酒である。どこがどう不思議であるかというと、酒の飲めない人が飲む。
「まあ、ビールぐらいなら」
 といったようなことを言う。
 中年の女が三人ぐらい集まって、何かいいことがあったらしく、
「ねえねえ、ビールでも飲みましょうか」
 なんてやっている光景に出っくわすことがある。

 そうなのだ。ビールはアルコールが苦手な人でも飲める酒なのだ。だから乾杯に用いられるのだろう。みんなで乾杯するには、みんな(アルコールが苦手な人でも)が飲める酒を使う必要がある。滅多にない盃なら日本酒を我慢して飲むかも知れないが、飲み会は結構ある。それに楽しい方がいい。だから誰もがグビっと飲めるビールが最適なのではないだろうか。
 だから「乾杯はビール」なのである
 手っ取り早く、一番はやく出てくるからでは決してない。
 たぶんね。
100_0011.JPG▲結婚式の三次会のビール
つづき→【なぜ乾杯はビールなのか?(その3)】

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