那須で讃岐うどんで何が悪い!(うどん匠人 岡本)

 今回紹介するのは、栃木県は那須なのに、讃岐うどんの店である。
 ひとり温泉に浸かるため、那須に行ったわけだが、行くにあたり、「うどん・蕎麦のおいしい店に行きたい」と考えていた。そこで、ネットによる情報収集を1週間くらい前から開始。今回紹介するのは「栃ナビ」なるサイトで発見した、「うどん匠人 岡本」である。

「何で那須まできて讃岐うどん?」

 どんな店行こうか、といろいろ考えるにあたりそんな疑問を自分抱いたのは事実である。でも栃ナビの口コミを見るに「おいしい」とか「店員の人あたりがよい」とかそれなりの分量で感想を書いている人が多く、なにか語りたくなる店なのだろうか、とまず思い関心をもった。
 それに、よくよく考えてみるに、この那須にはイタリア料理屋やフランス料理、それにベトナム料理、それにチーズやソーセージなどを売り物にする店が多い。また那須牛という和牛がが有名だからであろうステーキ、さらには韓国であることを強調した焼肉を売りにする店もある。さらにアジア雑貨やヨーロッパの家具を売っている店もあればテディベアミュージアムやら戦争博物館などいろんな店が林立しているのが那須の特長である。そういう現実を差し置いて讃岐うどんだけ引っ張り出して、目くじらたてるのは野暮ではないか、そういう店のおおい那須街道を走行しながら一人思った。

その店は緑に覆われていた

 那須街道を直進し「広谷地」という交差点を右折し直進すると、友人が結婚式を挙げたホテルが見えてきた。ああ、あれからもうすぐ一年か。。さらに直進し「池田」という交差点を左折しすぐをまた右折しずっと直進。右側の店に注意して車を走らせると店が見えてきた。
▼これが外観
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 店が緑に覆われている。涼しげであった。
▼入り口にはこんな黒板
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 入店したのは13時過ぎ。平日であることもあってか、お客はいなかった。主の元気な声が厨房から響いた。
▼内観
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 温もりを感じる空間で居心地がよい。
▼天井が広い
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 シーリングファンが良い感じである。仕事で住宅の入居者取材をしたことがあるが、そのときある入居者さんがこのシーリングファンの良さを力説していたことを思い出した。
▼これがメニュー
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自家製のお豆腐と、舞茸の天ぷらを盛り込んだ盛り沢山なうどん。
お豆腐は単品でも販売しておりますが、このうどんなら、一皿で十分楽しめます!
特に初めてのご来店のお客様にはお薦めです。
また混雑時には提供時間が比較的短いので喜ばれております。
(混雑時、特に、海老天、野菜天はお待たせしてしまう事もしばしば、、、)

でも、、、一生懸命一品一品、心を込めて造らせて頂いております

 とあるので、「自家製豆腐と舞茸天のぶっかけうどん」を注文した。あと「ひたし豆」というのも気になったので注文した。
 待っている間、窓から見える外の景色を見ながら、ぼうっと過ごす。
▼飾ってあった置物
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 見ざる言わざる聞かざるだろうか。
 ひたし豆がすぐにきた。
▼これがひたし豆
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▼ひんやりしていておいしい
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 だしを纏った青大豆。このだしがおいしかった。うどんを待つ間ちょっとつまむのに最適だった。
▼でうどんがやってきた
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▼うどんのアップ
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 輝くうどん。コシがある。
▼舞茸
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 さくさくでおいしい。
▼豆腐
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 甘みがあった。
▼かき混ぜて食べてみた
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 豆腐がのっかているとか、舞茸の天ぷらが乗っている讃岐うどんは四国でも東京でも食べたことがない。ここオリジナルだろうか。ひんやりさっぱりしていておいしい。他のメニューも食べてみたかった。
 あとおいなりさんも毎日売り切れるらしい。
先ほどのメニューによると・・

手間暇かけて、じっくりと煮含ませた油揚げ
米は”湯津上村の五味渕さんの有機米”に
多種の雑穀を加え、歯触りの良いヘルシーな
“おいなりさん”に仕上げました。

とあった。
 食べてみれば良かった、とちょっと後悔した。お土産もできるらしいので、昼ここでうどんを食べて、おいなりさんを持ち帰って、宿で湯疲れしたときに食べてもよかったかもしれないなぁ、と思った。今度きたらそうしよう。

いろいろな店が林立する那須を考えるヒントを得る

 余談であるが、このいろいろな店が林立する現実について納得してしまった本があった。「温泉で何の本を読もうか」とふと立ち寄った本屋で目に付いたのが平積みになっていたゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論である。やはり那須の御用邸が近いからなのだろうか。
 私も那須だけにこの本を読もうかと思い購入し温泉で読んでいた。・・・なるほど、天皇とは祭司王なのか。なんていう感想はさておき、終戦後のマッカーサーの宗教戦略と昭和天皇について次のような記述があった。

マッカーサーは敬虔なクリスチャンで、キリスト教だけが民主主義を保証し、共産主義と戦う術となると信じ、日本もキリスト教国にすべきと考えた。

そのマッカーサーの呼びかけで、戦後5年間に2500人もの聖職者が来日、1000万部もの日本語版聖書が配布された。

「私の手にある権力をもちいれば天皇と7000万人の日本人を、一夜にしてクリスチャンにしてしまうことだってできるだろう。

・・・と豪語していたマッカーサーだが、実際にはさすがに権力で天皇に改宗を迫るわけにはいかず、間接的に影響を与えて改宗させようとした。

昭和天皇もキリスト教に興味を示し、積極的にキリスト教の講義を受けた。

さらに、クェーカー教徒のアメリカ人女性、エリザベス・ヴァイニングが皇太子(現・今生天皇)の家庭教師になった。

これは外交官出身の
宮内庁御用係・寺崎英成の進言を受けて天皇自ら求めたものだった。

これにより、皇太子のキリスト教への改宗は必至と見られたが、実際にはヴァイニングはキリスト教の布教はしなかった。

ただし、アメリカ的民主主義の教育を熱心に行ったといわれる。

占領下に宮中の重要ポストの多くをクリスチャンが占め、皇族にはキリスト教の講義が続けられていた。

ところが昭和27(1952)年に占領が解除されるや、宮中での聖書講義は一切中止された。

天皇も皇太子も、キリスト教に改宗することはなかった。

「争わずに受け入れる」これが古くからの天皇の帝王学である。

この時も昭和天皇は一旦キリスト教を「争わず受け入れて」みせ、占領が終わるや否や跳ね返してしまった。

(P237-288)

 この「争わず受け入れる」という帝王学を学ばれた天皇。その天皇が滞在する那須御用邸周辺にていろいろな商いが展開されているというのは、なんかまぁ自然なことであるように思えた。
▼温泉にて
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 「御用邸」なる日本酒を呑みながら、読んでおりました。

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