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2009年4月20日

玉川上水(羽村取水堰~拝島駅)で花見

4月4日。
前の晩、酒を1升飲んだせいか、二日酔いだった。
いや、正確には日本酒9合と白ワインを少々である。

二日酔いの頭をかかえて、私はJR青梅線の羽村駅でおりた。
玉川上水を散策するためである。
玉川上水は、江戸の水不足を解消するために承応2年(1653年)開削された。
羽村から四谷大木戸までの約43kmの上水である。

 玉川上水は羽村から始まり、江戸の四谷大木戸へと流れた。近代に入ってからは、新宿の西側、淀橋の浄水場まで。昭和三十年代まで新宿の西口といえば浄水場だった。それが東京オリンピックのあと昭和四十年に東村山市に新設された浄水場に移転し、そのあとに新宿副都心が作られてゆく。
川本三郎は『東京の空の下、今日も町歩き』ちくま文庫2006年

以前はよく遠足で行っていたらしい。

玉川上水を渡ると、すぐに多摩川の河原が広がり、右手に懐かしい取水堰、いわば水門が見えてくる。
 懐かしいと書いたのは他でもない。杉並区立第一小学校の三年生の時に、遠足でここに来ているから。当時の遠足は、社会科の勉強も兼ねていて、東京の水道の水の"源泉"である玉川上水、とくにその出発点である羽村の取水堰は遠足の定番だった。
 手元にある『淀橋浄水場史』(東京都水道局、昭和四十一年)にはこんな文章がある。
「かつては東京都水道といえば淀橋浄水場、玉川上水、羽村取入口と一連の合言葉で市民に親しまれ全国学童の見学コースであった」
(川本三郎は『東京の空の下、今日も町歩き』ちくま文庫2006年)

今では遠足で行くことはあまりないかも知れないが(私は多摩地域に住んでいるのに遠足では一度も行ったことがない)、東京を流れる文化遺産である。
自然も多い(航空写真では緑のベルトが見える)。

30歳を目の前にして、「そうだ 玉川上水、散策しよう」と何となく、思った。
(「妻」の卒論のテーマは「玉川上水」らしい。先をこされている感じがして悔しい)

ネットで調べてみると、「玉川上水散策地図」というページがあった。
このページを参考にして、散策をしてみよう。
まず、1日目は、「羽村取水堰から拝島駅」である。
桜も咲いている時期なので、花見も兼ねることができる。
(だから、二日酔いなのである。二日酔いであれば、酒を呑まず、散策に集中できる)
写真も撮りたくなったので、一眼レフも持っていった。

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12:37。羽村駅西口から多摩川の方へ歩く。

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途中、中里介山の墓の案内を見つけたので、寄ってみた。
中里介山は羽村出身だったのか。

『大菩薩峠』はもちろん読んだことはないし、読む予定もない。
しかし映画も作られているみたいだから、そっちは観てみたい。

 映画好きの私のほうは、机竜之助といえば片岡千恵蔵の、市川雷蔵の、そして仲代達矢の演じた机竜之助だった。一般に人気があるのは雷蔵版だが、個人的には、仲代達矢の竜之助が一番凄みがあると思う。
 昭和四十一年に作られた岡本喜八監督の『大菩薩峠』である。仲代達矢が狂気に取り憑かれたように人を斬りまくる。この映画、日本での評価はいまひとつだが、アメリカ、とくにニューヨークで評判が高く、カルトムービーになっている。
「竜之助があれだけ人を斬るのはドラッグをやっていたからに違いない」と、ドラッグ・カルチャーにのっとった新解釈がほどこされている。
(川本三郎は『東京の空の下、今日も町歩き』ちくま文庫2006年)

少し歩くと、取水堰に着いた。

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第一水門。

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第二水門から見た桜。

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玉川兄弟の像もあった。

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hamura16.jpg羽村橋を渡り、羽村市郷土博物館まで行った。
ここに来たのは、『玉川上水散策マップ(改訂版)』(羽村市教育委員会2002年)を買うためである(このマップには羽村取水堰から杉並区浅間橋までの散策路が紹介されている)。

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郷土博物館の近くの桜もきれいだった。

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玉川上水沿いには屋台が出ていて、お花見客がたくさんいた。
私もここでお酒を飲みたくなったが、こんなところでとぐろを巻いていては、拝島までたどり着けなくなってしまうと思い我慢(二日酔いだからそんなに我慢してないけど)。

桜があるのは堂橋を過ぎたところまでで、福生市に入ると桜はなくなる。

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新堀橋からの玉川上水。

途中から遊歩道がなくなり、奥多摩街道を歩いたり、青梅線の北側に出たりする。

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五丁橋を渡り、拝島駅に近づくと、水喰土(みずくらいど)公園がある。

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鬱蒼とした雑木林のなかに、玉川上水開削工事跡が残っている。

 一説には、上水の工事は2度失敗して、3度目に羽村の取水口を開いて成功させたといわれています。その2度目に失敗したところが、このあたりでした。四谷までの堀を完成させて、いざ水を流してみると、このあたりで水が土中に全部しみこんで先に流れなくなってしまった。だから「水喰土」といわれるそうです。福生市指定史跡に指定されています。
(『玉川上水散策マップ(改訂版)』羽村市教育委員会2002年)

それにしても、水喰土とは強烈な名前である。
桜なんか見ないで、この溝を見ながら酒を飲んだほうがいい。
かつて玉川上水のように、酒がみるみる体にしみこんでいくのではないだろうか。
そんなことを考えた。

水喰土公園、日光橋公園を抜けると拝島駅である。

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拝島駅の南口へ出て、ビールとウーロンハイを飲んで帰りました。

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コブクロ、リンゲル、 チレ、 ガツ。


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