12月27日(土)に、「とぐろ系会議」の会議と忘年会をした。
会議の場所は、銀座の松屋の裏にあるルノアールの会議室だった。
私が、少し遅れてルノアールに着くと、案内板には「どくろ系会議様」とある。
私たちはそんな極悪集団じゃない!
会議室では、とぐろ系会議の将来の問題を、下町貴族さん(「名言集」「舌を鍛える」の人)、henryさん(「旅とスタヂアムと」)、モギヒデユキさん(「抗鬱音楽」「ニートと人妻の往復書簡」)が、深刻な顔をしてしゃべっている。
そこに私が途中参加。
部屋の片隅に座った。
しばらくプロジェクターからの温風を受けながら議論していると、kameiさん(「日本を憂う(仮)」)も到着。
もうしばらくすると、5時になり、閉会。
さて、問題はこれからの忘年会である。
銀座松屋裏といえば、「鉢巻岡田」がある。
山口瞳はこう言っている。
「銀座鉢巻岡田の鮟鱇鍋を食べないと冬が来ない」
「鉢巻岡田の鰹の中落ちを食べないと夏が来ない」
「鉢巻岡田の土瓶蒸しを食べないと私の秋にならない」
(山口瞳『行きつけの店』新潮文庫2000年)
私はいつか鉢巻岡田の鮟鱇鍋を食べてみたいなァと思っていた。
(私は鉢巻岡田に行ったことがない)
ここのすぐそばだなァと密かに思った。
しかし極悪集団は、7丁目の「銀座ライオン」へ向かった。
(鉢巻岡田なんてまだ私には早い)
私は銀座ライオンのビヤホールも好きである。
(ここは何度か来たことがある)
恵比寿麦酒記念館6代目館長の端田晶は『小心者の大ジョッキ』(講談社2006年)でこういっている。
それにしてもビヤホールの天井の高さというものは、酔っ払いの大声を柔らかく分解して反響させるせいか、独特の熱気と活力を生み出しますね。これは劇場やコンサートホールの音響効果に匹敵するように思います。
天井が低いと、隣席の話の内容がやたらと耳に入ってきて落ち着かないことがしばしばあります。
ビヤホールだと騒がしくても、気持ち良く飲めるのは、天井の高さが関係していたのか。
居酒屋チェーンなどで、うるさい大学生グループの隣に座ったときなんかは最悪である。
またビヤホールは年齢層が居酒屋チェーンに比べて高いのが良い。
なんか落ち着いている。
(ヒゲ・メガネ・帽子率も高い気がする。これは調査中)
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楽しみにしていたのだが、ビヤホールは満席だったため2階のビヤレストランに入ってしまった。
残念。
まァ、でも、ビールが美味しければ、1階でも2階でもいいのだ、ということにしよう。
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ビールを飲み、つまみを食べながら、いろいろなことについて議論した。
ルノアールでの会議以上に。
でも、どんな話だったかあまり憶えていない。
酔っ払っていたからではなく、どうでもいい内容だったからだと思う。
だから、とぐろ系会議なのだ。
居酒屋で始まったとぐろ系会議は、やはり酒場がいいんだな。
下町貴族さんは寝てたけど。
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とぐろを捲いていると、木村さん(「衛生陶器愛好家の、トイレ巡礼」)から連絡が入り、9時ごろ着くという。
これを機会に場所をかえようということになった。
私は、麺’sCLUB『ベストオブ蕎麦』(文春文庫ビジュアル版1992年)を出し「よし田」で飲もうと提案した。
銀座ライオンからも近いし。
坪内祐三&福田和也はこういっていた。
坪内 オレ、ここ(=銀座「よし田」)に来たの20年ぶりなか。いろんな人が随筆やエッセイで書いているけど、小林秀雄、河上徹太郎、石川淳……そうそうたる文学者が常連だったというんで有名なそば屋だよね、ここは。
福田 うん、その逸話があまりにも有名になっちゃったから、この店に「純文学そば」みたいなのを期待して来ちゃう人がいるんですよ。でも、ここは街場のそば屋なんだから、イメージ先行で高尚な物求めて、それで、一方的にがっかりされてもねえ。
(坪内祐三&福田和也『暴論』扶桑社2004年)
私も何年か前、よし田で食べて、「そんなに美味しくないなァ」と感じた。
期待してしまっていたのだ。
天ぷら、かまぼこ、玉子焼きをつまみに、酒を飲み、普通の蕎麦を食べる。
そうすれば良かったのに。
2次会で蕎麦屋に行き、ちょっと早い年越し蕎麦を食べる、なんてどうだろうか。
もう少し、よし田についてみてみよう。
金春通りの金春湯の少し先、七丁目にコロッケそばで知られるよし田がある。昨今の、妙に「こだわり」を主張する通ぶったそば屋などではなく、店構え、接客、そして味も、典型的な下町のそば屋である。
しかし、その店には小津安二郎をはじめ東京の味を求める食道楽の面々が通いつめている。まだ明るいうちから杯を傾ける客の姿が多いのも、須田町の神田まつやや、室町砂場同様、いかにもよき下町のうれしい光景。
(坂崎重盛『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』朝日文庫2007年)
名物コロッケ蕎麦とともに、『よし田』は文士に愛された店としても知られる。
3代目女将の矢島一代さんによると、久保田万太郎、里見弴、高見順、小島政二郎など、まだ文士という言葉が残っていた時代の錚々たるメンバーが贔屓にしていたという。
「久保田万太郎先生はお銚子に玉子焼をつまんで、最後はもり蕎麦。高見順先生は板わさや焼鳥で、ひたすらお酒を召し上がるだけ。直木賞をおとりになる前の野坂昭如先生も板わさで飲むばっかり。あの頃は蕎麦屋というよりも、飲み屋といったほうがぴったりでした。」
(サライ編集部『名店・老舗の酒肴 蕎麦屋で酒を飲む』小学館1998年)
よし田といえば、コロッケ蕎麦である。
そのコロッケについては『ベストオブ蕎麦』で里見真三がこう書いている。
コロッケといっても、鶏の挽き肉に山芋少々と玉子に葱を混ぜ、柚子(或いは木の芽)の香りを添えた塩味の空揚げ。パン粉の衣がない分あっさりしていて、ハンペンを固くしたような、ツミレを柔らかくしたような……。
また、吉田健一の「百鬼の会」という小説の最後に、よし田が登場する(吉田健一『絵空ごと・百鬼の会』講談社文芸文庫1991年)。
この小説について池内紀は『作家の生きかた』(集英社文庫2007年)でこう書いている。
小説のなかに、そっくり日ごろの酒の哲学がこめられている。ちなみに、小説ではこのあと、ブランデー、トカイ酒、シャンパンが大量に振舞われ、しめくくりが銀座の蕎麦屋「よし田」の酒。そこのぽかぽかした空気のなかで酒を飲んでいると、怪しげな一夜のことがまるで本当とは思えなくなる話だが、さながら酒精小説といっていいのである。
この、ぽかぽかした空気のなかで飲みたいと思った。
だが『ベストオブ蕎麦』に土曜日の営業は9時までとあったので、とぐろ系会議で否決されてしまった。
(HPで確認したら今は10時までらしい)
そして、くだらない居酒屋で飲んだ。