金沢⑤「兼六園、金沢21世紀美術館に行った。鮴と鰯で飲んだ。」

2日目は、まず、兼六園へ行った。
ここは金沢の最も代表的な観光スポットであるので、まァ兎に角行ってみようという感じだった。
行ってみると、これがすばらしい。
だが、カメラの調子が悪く、ここで撮ったほどんどの画像が消えてしまっていた。
徽軫灯籠とか撮ったのに。
しかし、兼六園の画像はPCで検索すれはいくらでも出てくるので、まァいいか。

↑これは瓢池。これは残ってました。


兼六園を出て、金沢21世紀美術館へ入った。
金沢21世紀美術館は、年間130万人もの人が来るスゴイ美術館であるらしい。
下町貴族は2回も行っているそうだ。

 これまでの美術館では、入場者は薄暗い密閉空間を足音をしのばせて歩き、名画の前にしかつめらしく立って鑑賞し、連れに感想を漏らすときは声をひそめて話し、ひととおり回ると感慨深げな面持ちで静に去る、というのが普通だった。美術館は厳かな儀式が執り行われている場所であり、西欧人が正装してオペラを観にいくように、身構えて臨む舞台だという雰囲気が支配的だった。入場者にも、迎える側の美術館にも、そういう意識が浸透していた。
 しかし、金沢21世紀美術館は違う。この美術館が目指したのは、そういう従来の美術館のイメージを払拭した、まったく逆の施設だった。

 金沢21世紀美術館が目指したのも、そういう市民の憩いの場となる美術館である。
 美術館は「市民の応接間」。これが私の思い描いていた理想だった。
 だから、中が見えるガラス張り、四方から自由に出入でき、無料ゾーンのいっぱいある建物を造った。庭には、それ自体が作品である様々な形の椅子が置かれている。さらに、普通の美術館は午後五時で閉館するが、ここの無料ゾーンは十時まで開いている。午前九時から午後十時までの一三時間営業だ。誰もが都合のいい時間に気軽に立ち寄ることができるから、買い物帰りの主婦が普段着姿で来るし、勤め帰りのサラリーマンやOLもやってくる。無料ゾーンにカフェレストランもショップもあるし、そのつど一流芸術家が作品を造っている姿を見学できる工房もあるのだから、このガラスの建物の中をぶらぶらするだけで退屈しない。暇つぶしだけでも来たくなるわけだ。
蓑豊『超・美術館革命』角川oneテーマ212007年

こういう美術館である。
また、こんなことも書いてあった。

 ここでは、みんなに見てほしいという意欲が館内の隅々までに行き届いているから、お客さんは身構えることもなく、寛いだ気分で館内をまわって作品を楽しむことができる。

「みんなに見てほしいという意欲が館内の隅々までに行き届いている」って、こんな中で寛げるのだろうか。逆に身構えてしまうのではないだろうか。
この日は、たまたま、有料ゾーンの半分が展示入替中で観られなかった。
だから、あのプールの下にも入れなかった(そんなに入りたいとは思ってなかったけど)。
とりあえず、無料ゾーンを回ってみて、良ければ有料ゾーンも観てみることにした。
それで、無料ゾーンを観て回ってみると、確かに「見てほしいという意欲」は伝わってきた。
しかし、金沢21世紀美術館の良さは、私には伝わってこなかった。
いまいち、よく分からなかった。
でも、年間130万人もの人が来る美術館なのだから、これは少数意見なのかも知れない。
(でも「妻」も「どこがいいのか分からない」と言っていました)
今度は入替中じゃないときに、来てみたい。
私たちは、早々に金沢21世紀美術館を出て、金沢城公園へ向かった。

金沢城址に、1995年まで金沢大学があったそうだ。
香林坊交差点近くの昭和9年創業のおでん屋「菊一」の主人はこう言っている。

「その金沢大が郊外へ移っちゃったでしょ。全くガッカリですよ。金沢城の中にあるから良かったんだ。何しろ城の中にある大学はハイデルベルク大とならんで世界で二つだけなんだから」
太田和彦『ニッポン居酒屋放浪記 立志篇』新潮文庫2000年

この発想がすばらしい。
金沢城公園を見るというより、通過して、近江町市場に行った。

市場の食堂で海鮮丼を食べ、福正宗を飲んだ。
普通の海鮮丼だった。
もっと店を選んで、入れば良かったなァ。
一旦、ホテルに戻る。
で、夕飯である。
金沢駅近くの高崎屋という居酒屋に入った。

香林坊や片町の方に飲みに行きたい気持ちもあったが、宿の近くの居酒屋を選んだ。
ビールを飲み、刺身盛合わせを食べ、日本酒「立山」を飲んだ。

それから、金沢に来たら食べようと思っていた鮴(ごり)の唐揚げをたのんだ。
吉田健一は『酒肴酒』(光文社文庫2006年)でこう書いている。

ごりやではその空揚げがあって、これが一番うまいのではないかと思う。鮴の身が漸く衣を支えているようで、脆いことこの上ない。鮴というのが大体そういう魚なのである。

また『私の食物誌』(中公文庫1975年)にはこう書いている。

そのごりの唐揚げが旨い。これは小さな魚で佃煮にでもしなければというようなことで所謂ごりの佃煮が始められたのかも知れないが、それが金沢の真中で取れるのは小さくても太っていてその淡泊な味が恐らくは上等な油で揚げるという料理法で生かされ、殆ど味がしないという味というものの極致に達する。


その後、鮴のこつ酒も飲んだ。
鮴の風味が酒に移って、これがまた旨い。
2軒目は、味の鰯屋に入った。

吉田健一も山口瞳も金沢の鰯を絶賛している。
しかし、まだ鰯のツミレしか食べていない。
もっと鰯が食べたい。

金沢で是非とも食べなければならないのは鰯の押し鮨である。これは金沢で泊まったつば甚旅館で作って貰ったので、鰯が一切れずつ乗っている米の裏に紺海苔と金柑を輪切りにしたものがついている。鰯の脂を金柑の酢で溶いたような味で、船に弱いものが二日酔いの頭を抱えて船に乗った途端に海が大荒れに荒れ出しても、この鰯の押し鮨ならば食べられるだろうと思う。あっさりしているとか、すっきりしているとかいうものではなくて、ただもううまいのである。鰯が取れる時なら金沢のどこでも作っている訳であるから、金沢に行ってこれを食べずに帰ってくるという法はない。食べれば、お代わりをする段取りになるが、少なくとも長さが七、八寸、幅が五寸、深さも五寸はある箱で押して作るので、一人ならば、足りなくなることはまずない。そしてこれは勿論、酒の肴にもなる。
吉田健一『酒肴酒』光文社文庫2006年

この鰯の押し鮨が食べたい。
店に入るとこんでいる。
空いている席は予約席のようだ。
店員に、あまりにも小さな席に案内され、「ここでいいですか?」と言われる。
私は、兎に角鰯が食べたかったので、「ここでいいです」と答える。
金曜日の夜だけあって、しばらくすると、予約の客が来て、店はほぼ満席になった。
みんな近所のサラリーマンのようだ。
おっさん率は97%。
そういう店の飲むのも悪くない。
ここは地元の人に愛されている店なのかも。

まず、鰯のツミレとこんにゃくのおでんを食べる。

お酒は、菊姫2合700円。安い!

そして鰯のぬたといわし姿寿司。

これは鰯バッテラ。
吉田健一のいう鰯の押し鮨はバッテラのことなのだろうか。
「紺海苔と金柑を輪切りにしたもの」がなかったので違うものなのかな。
それにしても、サラリーマンは良く飲んでたなァ。
そういう空間に一緒に居られたのはうれしかった。
こういうのが居酒屋の醍醐味なのではないだろか。
菊姫を4合飲み、宿へ戻った。
金沢①「行き道」
金沢②「山口瞳の行きつけの店、つる幸に行ってきた」
金沢③「山口瞳の行きつけの店、倫敦屋でジントニックを飲んだ」
金沢④「太田和彦の金沢一のひいき店、浜長で飲んだ」
金沢⑥?「白川郷とラムネ問題」
金沢⑦?「太田和彦の故郷松本に行って、きく蔵で飲んだ」
金沢⑧?「浅間温泉につかり、帰路についた」

書を持って街へ出る