倫敦屋のつぎに行ったのは浜長である。
浜長は太田和彦の『居酒屋味酒覧』(新潮社2004年)に載っている店だ。
打ち水された庭石を踏んで入る高級割烹の構え。
この店は素材も、調理も、しつらえも、断然質が高い。私は冬、初夏と二度入ったが何を頼んでも目が醒めるようにすばらしいものが出た。
しかも勘定は高くなく、大食大飲の私が六~七〇〇〇円ほどで済んだ。金沢一の私のひいき店。
これを読んで私は、「高級割烹の構え」をした居酒屋だと思い込んでいた。
しかし実際に行ってみると「割烹 浜長」であった。
ちょっと、入るのに戸惑ったが、倫敦屋での酒も手伝ってか、とりあえず入ってみることにした。
店に入ると、個室に通された。
そして黒板のメニューを見て、不安になった。
値段が書いてない。
太田和彦は「勘定は高くな」いといっているが、それでも心配になってきた。
造りは盛合わせ、焼物はのど黒とかば焼、煮物はつみれ炊を注文した。
お酒は黒帯。
刺身は平目の昆布〆や甘エビ等。
のど黒は『るるぶ金沢』によれば、「水揚げ量が少ない、料亭ご用達の高級白身魚」であるらしい。せっかく金沢に来たので食べてみた。
一匹じゃなかったので、ちょっとホッとした。
塩加減が絶妙。
「かば焼は、何のかば焼ですか」と聞くと、どじょうだという。
これは、私が金沢で食べてみたいと思っていたもののひとつだ。
吉田健一は『酒肴酒』(光文社文庫2006年)で(『舌鼓ところどころ』中公文庫1980年でもいいんだけど)でこういっている。
その泥鰌の蒲焼きは翌日、松原町の大友楼という料理屋で昼の食事に食べた。絶品であって、下手な鰻の蒲焼きなど遠く及ばず、苦味があるところはむしろ鳥のもつ焼きに似ていて、もっと軽い。
その土地でうまいことになっているもの以外にうまいものがあることがあって、例えば金沢の泥鰌の蒲焼きである。これなどは幾らあっても足りないような安くて口当りが軽い食べもので、大体その通りのことを書いたら、そういうものが金沢の名物に思われては困るという苦情が出たことをあとで聞いた。しかしこれは酒の肴にしても広島の牡蠣にほとんど引けをとらない食べものであって、金沢の泥鰌でなければこういう蒲焼きにならないらしいから、これはやはり金沢の名物に数えていい。それに鯛に、鰤に、鶫に、牛に、鰯に、米に、水までが名物の金沢で、泥鰌も名物であっても少しも構わないはずなのだし、そのうちに金沢に行ったら、もう一度食べさせてもらいたいものである。
苦情が出たせいか、『私の食物誌』(中公文庫1975年)では「石川県の鰌の蒲焼き」となっている。
これを広く石川県の食べものとして置くのは前に或る特定の町で食べたこの鰌の蒲焼きが実に旨かったと書いた所がそのような下等なものを食べさせたとあっては我が町の名折れであると怒られたことがあるからで、又それはそれで石川県のように土地が肥沃であれば水田の付近ではどこでもこの上等なものが食べられると考えて先ず間違えなさそうである。
これは恐らく偏に石川県の鰌がそこの土地と同様に肥え太っていて美味だということによっている。初め見た時に鰌と思わなかった位大きいのだからそういう発育がいい鰌であることは確かであって、脂の乗り方も上々であり、それが鰻の蒲焼きのやり方で焼いてあって鰻とはどこか違った風味があるのだから旨くなければ可笑しい。
おいしかった。
でも、吉田健一がいうほどではなかったような気がする。
土壌に変化があったのだろうか。
そして、つみれ炊は、鰯の摘入れである。
鰯の摘入れは、山口瞳がつる幸で好んで食べたものである。
これについては「金沢②山口瞳の行きつけの店、つる幸に行ってきた」を読んでもらいたい。
実は、吉田健一も鰯好きである。
先に引用した大友楼ではその後鰯の塩焼きが出てきた。
それからここでは、鰯の塩焼きが出た。どうも鰯のことになると取り乱し気味になっていけないが、こういうものがあってこそ人間は歯と舌と胃を持って生れて着たのだと思いたくなるのが金沢の鰯で、それを塩焼きにした真子の所は味も、舌触りも極上の豆腐だった。
鰯の摘入れについてはこういっている。
福光屋では、鰯はその摺り身を団子にしたのが葱と松露を一緒に吸いものの実になって出た。東京で考える鰯の団子とは全く別な種類に属する格調がある吸いもので、鶉の叩きに似たものさえあり、そういうことはあり得ないのならば、例えばそういう鳥類の吸いものに負けない落ち着きがあった。
浜長の鰯の摘入れもおいしかった。
鰯の押し鮨はありますか? と聞いたら、ないと言われた。
まァ、それは、また明日にでも食べることにしよう。
で、おそるおそる会計をしたのだが、料金は僕が予想していたより三十パーセントも安かった。
すばらしい。
太田和彦の『居酒屋味酒覧』にはハズレがない。
今度はゆっくり来てみたいと思った。(1軒目で来たいな)。
バスに乗ってホテルに戻り、金沢1日目は終了。
では、また。
金沢①「行き道」
金沢②「山口瞳の行きつけの店、つる幸に行ってきた」
金沢③「山口瞳の行きつけの店、倫敦屋でジントニックを飲んだ」
金沢⑤「兼六園、金沢21世紀美術館に行った。鮴と鰯で飲んだ。」
金沢⑥?「白川郷とラムネ問題」
金沢⑦?「太田和彦の故郷松本に行って、きく蔵で飲んだ」
金沢⑧?「浅間温泉につかり、帰路についた」