「つる幸」を出て、長町武家屋敷跡へ行った。
足軽資料館に入ったり、あめの俵屋長町店であめを買ったりした。
昨晩はあまり寝てないので、一旦宿に戻って休憩。
少し休んで、片町へ向かった。
片町には、山口瞳の行きつけの店、倫敦屋がある。
山口瞳は、鎌倉アカデミアの同級生の高田雄二に
「山口さん、気持ち悪いところへ行ってみませんか」
と誘われ、倫敦屋へ連れていかれたそうだ。
倫敦屋のマスター戸田宏明は、山口瞳の熱狂的なファンで、書棚には山口瞳や関係者の本がずらっと並んでいたり、コースターは『酒呑みの自己弁護』の山藤章二の装幀を借用したものであったりしたらしい。
それよりも店全体がスゴイ。
倫敦屋は、店全体が私の「行きつけの店」の模写になっているのである。ある部分は銀座のクール、ある箇所は新宿のいないいないばあ、ある一室は銀座ボルドーといった具合だ。いずれも東京の有名酒場であって凝った設えの店ばかりだから模写するのは容易ではない。戸田さんは私に内緒で東京の「行きつけの店」を訪ね歩き、その感じを掴み取って、そっくり真似てしまったのである。昔のクールには中二階があった。倫敦屋には中二階はないのであるが、宛も中二階に上がって行くように見える設計になっているのを見て私は驚嘆した。
(略)
気持ちが悪くなった、吐きそうになったと言っても、これなら誰もが信じてくれるだろう。お化け屋敷に入ったら、出てくるものが全て自分に関係のあるものだった、といった按配だった。
(山口瞳『行きつけの店』新潮文庫2000年)
こんな酒場(バー)に行ったのだが、私は、「クール」にも、「いないいないばあ」にも、「ボルドー」にも行ったことがない。
そんな私が行っても大丈夫だろうかと思ったが、山口瞳の息子、山口正介が『山口瞳の行きつけの店』(ランダムハウス講談社文庫2008年)にこう書いていた。
お店はその後も拡張と改装をかさね、現在はかなりな収容人数をほこるバーとしてはかなりの大きさになっている。
実は戸田さんは内装を色々と変えるのだ。凝り性というか、こうしたほうがお客様に喜ばれるのでは、と思うと、いてもたってもいられなくなり、改装してしまう。
したがって、現在は『いないいないばあ』や『クール』に似ている部分はほとんどない。
だから、今は父の感じた気持ちの悪さもあまりないかもしれない。そのかわり、もっと居心地がよくなったといえるだろうか。
現在の内装はロンドンのパブか、ニューヨークのマンハッタン辺りにあるような由緒正しき歴史的な名店風になっている。
だから、「クール」「いないいないばあ」「ボルドー」に行っていない私でも大丈夫そうだ。
しかし、それにしても、倫敦屋のマスターは凝り性である。
山口瞳が『温泉へ行こう』(新潮文庫1988年)で金沢に行ったとき、倫敦屋が案内をした。
倫敦屋は事前に「やれ内灘海岸のアカシヤの咲き具合、やれ天候と温度、やれ金沢駅から白雲樓までの所要時間、白雲樓から内灘海岸までの所要時間、等々」、毎日、下調べをしていたらしい。
そして、日本海の防風林になっているアカシヤを見に行ったとき、倫敦屋はラジカセで「アカシアの雨がやむとき」を流したのだ。
さらに、ホテルの大浴場では、倫敦屋は三助の姿で登場した。
『温泉へ行こう』には、倫敦屋が三助の格好で山口瞳の背中を流す写真がある。
その写真と同じ背筋を持った人が、カウンターの向こうに立っている。
ああ、この人が、あの倫敦屋さんなんだな、と私は確信した。
私はまず、英国直輸入樽のギネスを飲んだ。
サラダと若鶏の唐揚げを食べた。
そして、ジントニックを飲んだ。
山口瞳の『行きつけの店』の各店のタイトルは「○○(店名)の○○(料理名)」で統一されていて、倫敦屋は「金沢片町 倫敦屋のジントニック」となっている。
だから、倫敦屋といえばジントニックなのである。
しかし、山口瞳はこんなことを書いている。
倫敦屋のジントニックを私は飲んだことがない。イカゲティも浅蜊も食べたことがない。倫敦屋では、ほとんど何も飲まないし何も食べない。こういう店に私が長くいられるわけがないじゃありませんか。どなたか偏執狂のカクテルの飲んでみませんか。きっとうまいと思うよ。
山口瞳は飲んだことないのかァ。
その次に、マテニーを飲んだ。
つまり、マティーニである。
山口瞳は『酒呑みの自己弁護』のときは「マルチニ」をいうのが癖になっていると言っていたが、『行きつけの店』では「祇園 サンボアのマテニー」と言ったりしている。
いつから変わったのだろうか。
マテニーを飲んでいると、倫敦屋の奥さんが現れた。
倫敦屋は「うちの奥さんはお綺麗な方です」と言っている。
山口瞳も「それは事実であって、倫敦屋の繁昌の原因の大半は、夫人の美麗によるものだと思われる」と言っている(『温泉へ行こう』)。
その奥さんに、私たち(私?)は、山口瞳の本を読んで、ここに来たことを伝えた。
すると、よろこんで店内に飾ってある山口瞳の絵や色紙などを案内してくれた。
(ありがとうございました)
倫敦屋は、料理もお酒もおいしく、店の雰囲気も山口正介がいうようにロンドンのパブのようでとても良かった(私は行ったことないけど)。
そして私たちは倫敦屋を出て、つぎの店に向かった。
金沢①「行き道」
金沢②「山口瞳の行きつけの店、つる幸に行ってきた」
金沢④「太田和彦の金沢一のひいき店、浜長で飲んだ」
金沢⑤「兼六園、金沢21世紀美術館に行った。鮴と鰯で飲んだ。」
金沢⑥?「白川郷とラムネ問題」
金沢⑦?「太田和彦の故郷松本に行って、きく蔵で飲んだ」
金沢⑧?「浅間温泉につかり、帰路についた」