金沢②「山口瞳の行きつけの店、つる幸に行ってきた」
2008年10月 5日[書を持って街へ出る] by ii氏
金沢の話である。
9月4日。
金沢周遊バスの乗車券を買い、金沢駅前から金沢観光が始まった。
金沢は戦災をうけていないそうだ。
吉田健一はこういう。
ここは九師団が置かれていた所で、戦争中は上空を敵機が頻繁に通ったにもかかわらず、実際には一度も爆撃を受けなかったという話を聞いた時、それはアメリカの情報将校か何かの中に戦前に金沢に来たことがあるのがいて、その話を吹聴したものだから、皆あとで金沢に遊びに来たくなって爆撃しなかったのではないかと、こっちは真面目になって考えた位である。
(吉田健一『酒肴酒』光文社文庫2006年)
だから、金沢には古い町並みが残っている。
私はまず、ひがし茶屋街に向かった。
こういうところは、写真を見てもらうのが早いと思うのだが、カメラの調子が悪く、撮った画像の一部消えてしまったので、ここの写真はない。
まァ、観光地であり、お茶が飲めたり、土産物が売っていたりするところである。
何軒か店をのぞいたり、お茶を飲んだりしたが、ちょっと気取った感じがあって、私はあまり馴染めなかった。
また周遊バスに乗り、「つる幸」に入った。
ここは山口瞳の行きつけの店である。
山口瞳は、金沢へ行くと、ニューグランドホテルに泊まり、つる幸で食事をして、倫敦屋(後から出てきます)で仕上げをするそうだ
山口瞳は、つる幸の鰯の摘入れが好きらしい。
『行きつけの店』(新潮文庫2000年)にはこうある。
圧巻は鰯の摘入れである。戦前の東京では、鰯の摘入れ(ツミレと言う)は、どこの家庭でも作る何の変哲もない惣菜料理だった。ところが、つる幸の摘入れは似て非なるものである。口に入れて、なんだツミレじゃないかと思った瞬間に、中心のあたりから、得も言われぬ芳香が漂い、甘味が口にひろがってくる。
私が鰯の好きなのを知っている河田さん、私が行くと聞くと、必ず魚河岸で鰯を一箱仕入れてくる。
『温泉へ行こう』(新潮文庫1988年)にはこうある。
「先生がいらっしゃるとうかがったのでイワシを仕入れてきました」
河田三朗さんが笑いながら言った。イワシは大好物だということはあるが、総じて僕は元値の安いものが好きなのである。いまだに、寿司屋へ行ってエビのオドリが食べられない。アワビのステーキなんかも駄目。すぐに懐勘定をしてしまう。根っからの貧乏性。育ちが悪い。
(略)
「イワシ、何が出来る?」
「塩焼きにヌタにツミレです」
「じゃ、ヌタにツミレだ。減塩しているんで塩焼きは敬遠だ」
そのツミレ、椀の蓋を取ると、ふわっと匂う。ナマグサイんじゃない。これはもう、うまいとしか言いようがない。
山口瞳絶賛のツミレを食べてみたいと思った。
しかし、山口瞳の息子、山口正介は『山口瞳の行きつけの店』(ランダムハウス講談社文庫2008年)でこう書いている。
父はここで「鰯の摘入れ」などを特別に注文するのを好んだ。
確かに絶妙にして芳醇な逸品である。しかし、今でこそ超高値の高級魚になってしまった鰯は、いくら『つる幸』さんの仕入れが浜で一番のものを選ぶとしても、たかがしれている。
父はこうした原価が安いものを、あえて出してもらうという、ちょっと意地悪というか、悪戯っ子のようなところがあった。
若いころは銀座の高級な寿司屋で、おにぎりとゲソ焼き(基本的に両方とも、無料)を注文して叩き出されたりするという、悪戯をしたりしたものだ。
山口瞳は「鉢巻岡田の鰹の中落ちを食べなければ夏が来ない」と言っているが、これについて山口正介はこう書いている。
だがしかし、諸君、間違えてはいけない。
これは、あくまでもメニューにない献立なのだ。
あるとき、こんなものお好きですかと、いまでいえば「まかない」の料理である「中落ち」をだしていただいたとき、父が感動した、というのが真相だ。
それで、それからはその季節になると、必ずお店のほうで用意してくれるようになった。
ということは、今日、行きますよ、とあらかじめ席の予約をしているから、こんな芸当ができるのだ。
したがって、はじめて訪れて、いきなり「山口瞳が好きだった『カツオの中落ち』をください」なんて注文するのは、あまりお行儀がよくない。
これは、あくまでも常連客に対して、ちょっとした時候の挨拶として供されるものなのだから。
イワシのツミレもこの種のものだったのだろう。
でもイワシのツミレが出てきたら嬉しいなと思いつつ店に入った。
つる幸は、座敷とボックス席(椅子席)があり、ボックス席は4000円のコースからあるという。
私は椅子席で4000円のコースを注文した。
席に着くと、「新婚旅行ですか?」と言われた。
「いや、ええ、まあ」と私は曖昧な返答をした。
私と「妻」は昨年5月に結婚して、ゴールデン・ウィークには築地と銀座へ旅行にいった。
これを新婚旅行とするのだろうか。
昨年の夏には、九州(博多、由布院、別府)へ行ってきた。
これが新婚旅行だろうか。
で、今回の金沢旅行。
新婚旅行を分割して行っているとすれば、今回も新婚旅行だといえるかなァ。
などと考えながらの返事だったのである。
つぎに、「ガイドブックを見て来たんですか?」と聞かれた。
「いや、山口瞳の本を読んで」と答えた。
「ああ、あの本で」と、納得したようだった。
そんなことはどうでもよいが、お酒を注文すると、日栄を選んでくれた。
おいしい。
イワシのツミレはなかったが、料理もすごくおいしかった。
私には表現力がないので、味に関しては、「おいしい」としか書かないことにする。
写真を見てください。
昼ご飯に4000円は高いと思ったが、食べてみるとそれ以上の価値があった。
また行きたいです。
それから、ここは岸朝子も大好きな、金沢の味の店であるそうだ。
金沢①「行き道」
金沢③「山口瞳の行きつけの店、倫敦屋でジントニックを飲んだ」
金沢④「太田和彦の金沢一のひいき店、浜長で飲んだ」
金沢⑤「兼六園、金沢21世紀美術館に行った。鮴と鰯で飲んだ。」
金沢⑥?「白川郷とラムネ問題」
金沢⑦?「太田和彦の故郷松本に行って、きく蔵で飲んだ」
金沢⑧?「浅間温泉につかり、帰路についた」

