阿佐田哲也『ぎゃんぶる百華』と「夕刊フジ」連載エッセイ


以前、小林信彦の『笑学百科』(新潮文庫1985年)のことを少しとりあげた。
その「文庫版のためのノート」にこうある。

 a くりかえすようだが、このエッセイは、一九八一年の前半に、「夕刊フジ」に連載された。
〈たかが笑い〉についてのエッセイに『笑学百科』とはおこがましいと思う読者のためにつけ加えれば、ぼくの前の連載が色川武大氏の「ぎゃんぶる百華」だったので、語呂を合わせたのである。

私は色川武大のエッセイを何冊か読んでいて、それがとても面白かったので、「ぎゃんぶる百華」も読みたい、となんとなく思っていた。古本屋で見つけたら買おうと思っていた。


その『ぎゃんぶる百華』が角川文庫で復刊された。
角川文庫創刊60周年記念企画で「今月の角川文庫編集長」というのがあって、第5回編集長の恩田陸が阿佐田哲也(色川武大のペンネーム)の『ぎゃんぶる百華』を選んだのだ。そんな広告を、新聞か週刊誌かでみたので、私は近所の本屋へ行ってみた。
本屋の角川文庫の棚を探してみるが、『ぎゃんぶる百華』は見当たらない。新刊が平積みされてる所を見てみてもない。
そこで書店員に聞いてみた。
「角川文庫の、阿佐田哲也の『ぎゃんぶる百科』ありますか?」と。
すると、書店員はパソコンを少しいじって、棚を探し始めた。
角川文庫の棚を探し、角川文庫の新刊が平積みされている所を探すが、見当たらないらしい。
「在庫は4冊あるみたいなのですが」と言う。
そして、「担当の者に聞いてきます」と言って、いったんさがっていった。
しばらくして、戻ってきて、こう言った。
「すみません。担当の者は、今日はもうあがってしまいまして…」
「分かりました」。
何が分かったんだか、分からないが、そう言って、この本屋で買うのをあきらめた。
で、アマゾンで買うことにした。
新刊の文庫ぐらいすぐに出してもらいたいのだが、それは難しいことなのだろうか。
私は本屋で棚を眺めて本を買うのが好きなのに。
こう思っている人は多いのではないかと思う(違うかな)。
しかし、こういうことがあると、ネットで買ってしまう。
運が悪かったのかも知れないが、もっと、本屋にがんばってもらいたい。
私は本屋で本を買いたいのです。
話が、横道にそれてしまった。
しかし『ぎゃんぶる百華』はまだ読んでないので、「夕刊フジ」の話にしたいと思う。
前回、前々回に出てきた、山口瞳の『酒呑みの自己弁護』(新潮文庫1979年)も「夕刊フジ」に連載されたエッセイである。
「夕刊フジ」連載のエッセイは面白いのではないかと思い、ネットで検索してみると、「新・読前読後」というブログにこの事が詳しく載っていた。
このリストは貴重なデータであると思う。
私は吉行淳之介の『贋食物誌』(新潮文庫1978年)を持っている。
全部は読んでないが、部分的に読んで面白かった。
あらためて『贋食物誌』をちゃんと読んでみようかなと思った。
そして、他の「夕刊フジ」連載のエッセイもいくつか読んでみようかなと思った。
それから、中島らもの『しりとりエッセイ』も持っている気がする。
しかし、うちの本棚を探してみたが、見つからなかった。
自分の本も見つけられないのだから、私には、書店員のことをとやかく言う資格はないのではないかと思った。
なので、また本屋に行くことにした。

書を持って街へ出る