「幸せ」のカタチ(6)
2008年9月 1日[ニートと人妻の往復書簡] by モギヒデユキ
えむこさんへ
> さて、宇多田ヒカルのいう「距離を愛する」というのは、なるほどという感じですが、わかっていてもなかなか難しくてそれが出来れば、って思いますよね
僕も傍線引いときながら全っ然実践できてないです。この人とは遠いなーと思うとシャッター下ろしちゃいます、めんどくさくて。でも遠いのに付き合いが続いてる人もいて、その違いはなんなんだろうと思います。
> しかし、素晴しい音楽を作る才能のある人が必ずしも人格者(というよりは達観してる、といった方が近いのかな)でなくてもいいのに、なんだか、すごいですねやっぱり。
そうなんですよねー。ある高さに登った人にしか見えない景色があるんでしょうねきっと。だからスーパースターなわけですよね。
> というよりは幸せなのかどうかを判断すること自体を拒否しているというか
そいつは難儀ですね。観念に首を絞められてますね。一度そうなっちゃうと逃れるのは難しいですよねきっと。でも別にそれが苦しいわけじゃないのかな?ちなみに僕は部活(※)の最中にも今しあわせだなーと思います。
さてまだ引っ張りますけど、幸せを感じる音楽、あるいはアーティストの幸せが籠もってると感じる音楽はありますか?僕はくるりの『ワルツを踊れ』がそれで、生を無条件に肯定された気がするし、彼らの喜びが詰まってるなと思います。えむこさんはいかがでしょうか。
(※)2人が電話で長々と与太話することを部活と呼んでいる

