さよならMR.ワラビー
朝、9:00
一日の始まりに彼を見かける。
地下鉄の最後尾車両。いつもどおり。
彼は普通のおっさんである。
等身は低く、頭も禿げあがっている。
だが、彼は洒落者だった。
チノパンにBDシャツ、紺ブレ。
枯れたスタイルだが、これはこれで。
そして
足下にはクラークスワラビー。
皮靴がほとんどのビジネス街で
カジュアルな靴は目立つ。
それだけに大味のシルエットが野暮ったい。
画竜点睛を欠くのである。
だが、彼は雨の日も暑い日も
スウェードのワラビーで現れた。
ここまで来ると一種の生き方にさえ見えてくる。
私はいつしか彼を"MR.ワラビー"と名付けた。
そして彼との遭遇を毎日の習慣とした。
挨拶をするでもなく、ましてや面識を持っているわけでもなく
ただ、こちらから観察するだけの一方的な関係。
やがてその関係に変化が生じる
それは単に私の通勤先が変わるということ。
会社からの発表は割と唐突だった。
残された時間はあとわずか
もう彼と会うこともない。
だが、彼は飽きもせずワラビーを履き続けるのだろう
私は先に離脱するけれども
そのスタイルで
ビジネスという過酷な戦場を駆け抜けるがいい。
さよならMR.ワラビー

