MR.BIDETによろしく

以前こちらの記事で日本の温水洗浄便座のルーツは海外にあると書き、INAXシャワートイレのルーツであるクロス・オ・マットを紹介しましたが、片やTOTOの温水洗浄便座の歴史はというとウォッシュ・エアシートと呼ばれる米国のアメリカン・ビデ社という製品の輸入・販売を開始した1964年までさかのぼることが出来ます。クロス・オ・マット社とともに日本の独特なトイレ文化の礎を築いたこの会社もまた44年の月日が経った今も変わらず温水洗浄便座を作り続けています。今回はTOTOウォシュレットのルーツ、ウォッシュ・エアシートを作ったアメリカン・ビデ社と、そのユニークな創業者についてのお話です。


アメリカン・ビデ社はフロリダ州に本社と生産拠点を置く企業で、現在は全米に代理店やネット直販によって温水洗浄便座を販売しているようです。純粋なアメリカ製という点を強く打ち出しており、同社サイトのトップページには「アメリカン・ビデ社の製品を買ってアメリカの失業率とアジアに対する貿易赤字を減らそう」「日本や韓国、台湾のコピー商品を買うのはやめましょう」という少々過激なメッセージがスクロールされています。筆者もここで多少面喰ってしまいましたが、じっくりと会社概要ページなどを読み進めていくと同社の創業者であり現社長であるアーノルド・コーエンは御年67歳を迎える今もアメリカ人のトイレ文化を変えるという情熱を持ち続けるユニークな企業家であることがわかります。
ニューヨークの裕福な家庭に生まれ、19歳で自分の広告会社を設立したアーノルド・コーエンは父親の痔の治療のためにお尻を温水で洗い、温風で乾燥させる装置の開発を思い立ち、それから2年の歳月を経て1964年に製品化に成功します。これがアメリカン・ビデ社の始まりです。「ビデ」と聞くとヨーロッパなどでよく見られる用便用の便器の横に備え付けられた陶器製のものを思い浮かべますが、それらと区別して「アメリカ流のビデ」という意味を込めた社名となっているそうです。筆者としては意外だったのですが、当時のアメリカではビデはほとんど普及していなかったらしく、いつか便座に備え付けるタイプのビデがアメリカ標準となり、社名がアメリカンコーヒーのように(あまりいい例えではないですが)一般名詞のように使われることも狙っていたのかもしれません。
展示会や新聞広告など熱心な宣伝活動を展開したものの、前述のとおりアメリカ人にとっては未知の商品であるということで拡販には苦労したようですが、おそらく当時の彼には予想し得なかったであろうところから引き合いが来ることになります。そう、それは日本。日綿実業(現 双日)よりアメリカン・ビデの輸入の申し入れがあり、コーエンはこれを快諾します。その後この商品は日本で「ウォッシュ・エア・シート」の名で東洋陶器から販売されることになります。世に出たばかりの、しかもベンチャー企業の製品を輸入するとは当時の日本企業はなかなか大胆なことをしていたものです。しかし、これが後に思わぬ形でブレイクするとは担当者も夢にも思わなかったことでしょう。
その後、アメリカン・ビデ社は現在のフロリダ州に拠点を移し、現在もビジネスを展開しています。コーエンは自らをMR.BIDETと名乗り「アメリカ人の習慣を変え、トイレットペーパーを追放すること」を自分のライフワークとして、自社製品の販売や公式サイトでの正しいビデ知識の啓蒙に努めています。同社の公式サイトはなかなか興味深いものになっており、ビデ知識を啓蒙するページでは「体や歯を念入りにきれいにする清潔志向のアメリカ人がお尻を水で洗わないのは合理的ではない」とTOTOウォシュレットを大ヒットに導いた名作CM「おしりだって、洗ってほしい。」にも通じるメッセージを発信していたり、MR.BIDETであるところの自分や、アメリカン・ビデ社の社員の一人であり、MS.BIDETを名乗る娘をはじめとする4人の子供たちのプライベートショットも大胆に公開しています。このあたりに彼のオープンな人柄が垣間見える気がします。しかし、残念なことにMrs.BIDETとして活躍していたコーエン夫人とは夫人がMrs.BIDETとして注目を浴びる生活に疲れたという理由から40年の結婚生活に終止符を打っています。
製品のほうはというとビデは衛生的な生活を送る上での必需品であり、高級品やステイタスシンボルである必要はないというコーエンの主張から、1980年代からの日本での温水洗浄便座市場急拡大で勢いをつけ、アメリカ市場でも次第に浸透しつつあるかつての顧客TOTOのウォシュレットをはじめとする競合他社の製品がハイテク化する中、洗浄と乾燥のみというシンプルなものとなっています。ただ、ビデ洗浄用のノズルが便座の先端部分にあり、前から洗うスタイルとなっているのがユニークなところです。以前松下電工の製品でビデ用のノズルが対象物より前にせり出し、後ろ向きに吐水することで清潔さを売りにしていたと思いますが、その効果を追い求めていくと必然的にこのような形になると思われるので、いい工夫かなと思います。価格も75ドル前後(日本円にして8000円前後でしょうか)と非常にお手頃なものになっています。デザインはややチープではありますが、シンプルかつ実直なアメリカの実用品といった雰囲気のものになっています。この他にも電気を使わず水道につなげるだけのタイプのもの(以前こちらで紹介したようなものです。)など「紙で拭く」から「水で洗う」へというライフスタイルの一大転換を手軽に図ってもらうことを目指した商品展開となっています。
コーエンが去年までの43年間で売った製品の総数はおよそ200,000台だそうです。月平均で計算するとおよそ月販400台ということになります。もちろん多いとは言えません。しかし、大企業が市場に参入してからも自らのライフワークを遂行させんと細々ながらもしぶとく自分のビジネスを展開していく姿にはロマンを感じます。そしてそのたぎるような情熱が向かう先がトイレという点も衛生陶器愛好家としては非常に共感を覚えるところであります。MR.BIDETことアーノルド・コーエンの今後のビジネスの繁栄を祈って、最後にコーエンのお決まりのあいさつをご紹介して今回のコラムを締めようと思います。
“Peace and Good Bidet”
<関連リンク>
アメリカン・ビデ社 公式サイト
Miami New Times – Behind the bidet
The New York Times – Flush With Excitement: Pitching the Modern Bidet

衛生陶器愛好家の、トイレ巡礼