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以前、山口瞳の『酒呑みの自己弁護』(新潮文庫1979年)を読んでいることを書いたが、その内容には触れていなかったので、今回触れてみる。
この本を読むと、ウイスキーが飲みたくなる。
とくにこんな箇所を読むと。
(いったい、ウイスキーを水で割るという悪しき習慣はどうやって生じたのだろうか。本来、強い酒の強い味と香りを楽しむべきものを薄めてしまうという考えが私にはどうしても納得がいかない。その証拠に、ウイスキー工場の研究室では、ストレートによる味を吟味しているのである。ストレートで飲んでもらいたいために十年も二十年も樽を寝かせているのである)
青木雨彦は「解説」でこの箇所を引用して、こう続ける。
山口さんにしてみれば、水割りが普及したために洋酒の売り上げが伸びたことなど、どうでもいいのである。この本は、日本の酒呑みをもっと男らしくするために書かれた。
「もっと男らしくするために」には傍点が振ってある。
私もこの本を読んで、「もっと男らしく」なりたいと思った。
そして、ウイスキーを1本飲み記憶を失ってしまった。
それから、『酒呑みの自己弁護』を読むとマルチニも飲みたくなる。
山口瞳はこう言う。
ドライ・マルチニは、私のもっとも好きな飲みもののひとつである。カクテルは何千種類あるか知らないけど、結局はこれにとどめをさすといっていい。
山口瞳は、一般には「マティーニ」と呼ばれるものを「マルチニ」と呼ぶ。
(マルチニのことを、マーティニと言ったり、マテネエと言ったりするが、私は、マルチニというのが、いわば癖になっている)
ちなみに、枝川公一は「マーティニ」と言う。
『東京のBar』(プレジデント社1998年)で、「連れ」こと西脇清美はこう言っている。
枝川さんは、文章に「マーティニ」と書いておられる。わたくしは確認いたしました。「マティーニがいわゆるところの一般的な表記でございますが、よろしいでしょうか」「ふむ。ぼくはマーティニです」。理由は、英語の発音に近いからだそうだ。以来、文章の中では必ず、枝川さんはマーティニです。
だそうだが、今回の私の文章は、山口瞳に倣って「マルチニ」でいこうと思う。
「ドライ・マルチニを好む者は、ドライであることを競う傾向がある」と山口瞳は言う。
「ヘミングウェイの『河を渡って木立のなかへ』の主人公キャントウェル大佐は、ジン15、ベルモット1の比率のマルチニを飲んで出撃したという。」
「東京の外人記者クラブで、ある年に倉庫を掃除すると、百六十五本のジンと、五本のベルモットの空瓶が発見されたという。これだと33対1になる。」
『先生のお気に入り』という映画でクラーク・ゲーブルがつくったドライ・マルチニは、「まずベルモットの瓶を逆さにして振り、そのコルク栓でもってカクテル・グラスの縁を拭く。そこへジンを注いで出来あがりというわけである」。
「チャーチルはベルモットの瓶を横目で睨んでジンのストレートを飲むという笑い話もあった。」
また、山口瞳は、マルチニをどうやって飲むかでアメリカ人と論争をしたことがあるらしい。
オリーブを口に含み、楊子をカウンターに置くのか、オリーブを沈めたままで、楊子を指で押さえて飲むのか。
こんな話を読んでいると、どうしても、ドライ・マルチニが飲みたくなってくるのだ。
そして、飲みに出掛けた。