これは現在恵比寿ガーデンシネマで公開中の映画、「愛おしき隣人」のセリフである。
「北欧にあるちょっと街のおかしな住人たち。隣のリビングを覗いてみれば、愛おしい人生たちがあふれ出す。」というコピーにあるように、おかしな人間たちの人間模様が淡々と描かれた映画である。しかし描かれているといっても、なにか物語があるわけではない。ただ住人たちの日常が描かれている。でもその日常はその淡々としていながら、なんか重い。妙な違和感を抱えての鑑賞。なんなんだろう。でもそれは別に心地悪いものではない。映画自体も滑稽で笑えるシーンが多い。
その不穏さはやがて、ラストシーンで、たくさんの爆撃機が街の上空を覆うシーンに到達し、幕を閉じる。
この映画で、とても印象的だったシーンが今回紹介したセリフは酒場でのシーンである。
▼こんなシーン(パンフレットより)
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この場面で、「さぁ、みんなラストオーダーだよ!また明日があるから!」となるわけである。「そうだよなぁ」と唸った。たとえば平日の夜に居酒屋で酒を飲んでいたとして、それなりに盛り上がっている中「ラストオーダー」と宣告されるのはとても辛い。しかし「さぁ、みんなラストオーダーだよ!また明日があるから!」なんて言われたら、元気になりそうな気がした。
パンフレットの中で「ラストオーダーを受ける閉店間際のバーのシーンを選んだのはどうして?」という質問に監督のロイ・アンダーソンはこう答えている。
彼らはタイムスケジュールに急かされています。人々は急いでいます。もちろん彼らは自分自身で急ぐことを決めたのではありません。彼らのまわりの環境がそうさせるのです。
なるほど、ここを読んで、この映画のポイントをつかんだ気がする。それは「自分がコントロールできること」と「できないこと」の対比をひたすら描いているという点だ。「コントロールできないこと」それは「他人」であったり「配偶者」であったり「国家」であったり「戦争」であったり。両者の間にある絶望的な溝に焦点ををあてているからこそ重く不穏な感じが映画全体を包んでいるのかもしれない。
と、パンフレットを読み進めたら、
本作では「他人の中でどの様に生きていくか」という具体的な問いを扱っています。
といっていた。やっぱそうなんだ。他人との関係が「絶望的な断絶」だからこそ、明日に希望を見いだすしかないのだろうなア。
パンフレットの中で、フランス文学者の宇野邦一氏がベケットとの関連を指摘している。
『愛おしき隣人』を批評した記事の中に、サミュエル・ベケットに言及したものがあって、印象に残った。何かを待っているが、誰もやってこないし、何も起こらない。やがて何を待っているのか、もうわからなくなる。そういう状況のなかで流れる奇妙な時間が、ベケット文学をつらぬくテーマになった。ベケットにとって、かんじんなことは出来事にない。出来事の外では、まるでもう時間がとまったようだ。あるいはとんでもない方向に時間が渦巻いていく。この映画は少々ベケット的である。しかし最後は確かに何かが起きるのだ。一度は夢の中で、もう一度は……。
なるほどな。似ていると言えば似ているかも。「ゴドーを待ちながら」を読み直して見ようかな。
…映画館が恵比寿ガーデンプレイスだったので、いつものように例の場所で酒を飲んだ。
▼映画に乾杯
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やっぱりうまい。「琥珀ヱビス」をいただいた。
▼つまみも購入しました。
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ビヤなっとう。
▼開封したらこんな感じ
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要は干し納豆ですな。
▼さらに飲み比べセットもやっつけました
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これはお得であるよなア。
▼ビールを注いでくれる場所
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「さぁ、みんなラストオーダーだよ!また明日があるから!」っていってくれないかしら。
外に出てもまだ日が出ている。
▼花がきれいに咲いておりました。
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