青空食堂のタコライスで思い出す波照間島

 波照間島へ向かうため、石垣港離島旅客ターミナルから高速船に乗り込んだ。

「舌を鍛える」2007年秋沖縄旅シリーズ

#1:いちば食堂の八重山そばで始まった八重山諸島旅行一人旅

#2:青空食堂のタコライスで思い出す波照間島

#3:土砂降りの与那国島。あたたかいご飯に癒される。

#4:主体性なき与那国島観光、そして塩。

▼あんえい78号という船に乗る

 波照間島へ行くには、今回利用した安栄観光または波照間海運どちらかの船会社の船に乗ることになる。往復で購入した方が安い。ちなみに安永観光の場合、片道3,000円。往復5,700円。
▼いざ出港

 船にはもちろん船室があるのだが、私はあえて船の後部にすわり、離れゆく石垣島を眺めていた。
▼積み込まれる荷物の量も多かった

 貨物も船経由が一般的なのであろうか。波照間島にとって重要なライフラインであることが伺える。
 船に揺られること60分、波照間島に到着。港には、民宿の看板を掲げた人々が立っている。船の到着時間にあわせて観光客を迎えにきているわけである。
▼私も看板を見つけ車に乗り込む
画像の確認
 この日同じ宿に泊まる人たちもどんどん乗り込んできた。
▼車の中にて

 レンタサイクルやレンタバイクがあるらしい。これは借りてみるしかあるまい。
▼宿に到着

 東京ではなかなか見ることのできない佇まいの建物である。ここへきて、しみじみひとり離島にやってきたんだなぁと思ってしまった。
▼これは廊下

 床がひんやりしていたのが印象的。見えないが、左手前にはソファーと共用の冷蔵庫があった。奥の左右に部屋がある。自分は当日に予約したからなのか、離れの部屋だった。
▼中庭の物干し場

 物干し場が中庭にある。洗濯機があったり、適当に使って良いらしい。
▼ここが私の泊まった部屋

 テレビもあったが特に見たいとも思わず、ずっとみることもなかった。
 さて、波照間島とはそもそもどんな島なのか、やえやまGUIDE BOOK―南国世果報体験 (〔2007〕) から引用しよう。

有人島では日本最南端の島。「果てのうるま(サンゴ)」という意味からその名がついたといわれる。昔ながらの家並みと、サトウキビ畑が美しい島だ。

うーん、その通りの島であった。「果て」だけあって、あるものがすべてにとても切ない印象を抱いてしまう。
▼たとえば日本最南端の自動販売機

 宿に隣接する仲底商店前にある自動販売機。写真ではわかりにくいが、自動販売機にそう書いてある。普通のコカコーラの自動販売機なのだけど、切なく感じるのは何でだろう。
 到着したのは午後。まだ日も暮れるような時間でもないので、先述した仲底商店で自転車を借りて、島をぐるりと回ることにした。
 借りる手続きをしたら地図を渡され「道に迷ったら風車を見つけてその方向に向かえば、だいたいたどり着きます」と教えてもらった。そんなので大丈夫なのか不安になったが、案外大丈夫であった。
▼レンタルしたのはこの自転車

コースターブレーキという、ペダルを逆回転させるとブレーキがかかる不思議な自転車だった。慣れるまでに時間がかかる。
▼ここは宿の近くにある波照間公民館

 なんだか懐かしい佇まい。そういえば公民館って見かけなくなったなぁ。栃木に住んでいた子供の頃は、町でなにかのイベントがあれば公民館でやったし、週に一度習字を習っていたが、それも公民館で教わっていたっけなぁ・・・なんて思い出した。大人・子供の出入りが活発でこの町でしっかり機能しているような印象。
▼道の両脇にはサトウキビ畑

車が止まっているが誰もいなかった。
▼電信柱

島の方々に林立する電信柱。なんだか切ない。
▼牛

「もー」とは鳴かなかった。非常におとなしくうろうろしていた。
▼ヤギ

 人なつっこい。
▼日も暮れてきた。

 興奮して自転車で島を1周していると暗くなってきたので宿に帰った。なんか小学生のようである。
 宿の食堂で夕飯を食べる。そこにあるテレビではニュース番組が放送中。沖縄ニュースが盛りだくさんだった。
 食後はシャワーを浴び(沖縄には湯船がないらしい)近くの商店で、チーズとオリオンビールを購入。そそくさと部屋に戻った。部屋では特にすることがないので、ビールを飲みながらずっと本を読んでいた。
▼読んでいた本は、竹田青嗣の自分を知るための哲学入門
 深い意味はないのだが、家を出るときになんとなく本棚から取り出してリュックサックに詰めたのであった。購入したのは確か大学1年生の時。10年近くぶりに読んだ。
 折り目をつけたページを引用しておく。

 信念や理念的確信は、それ自体としては(それが生じた場所においては)、単に独我論的確信にすぎない。それは諸主観、つまり他の人間たちの間で試され、ある妥当を得られるときにはじめて「真理」としての資格をつかみかける。このとき重要なのは、それがそのような資格をつかむのは、その「正しさ」の客観性が証明されたからではなく、ひとつの信念がこのプロセスの中でひとびとの考え方(=了解)を耕し、人間同士が相互に納得しうるような道すじをつけたというその事実によってなのである。(P73)

 ははん、なるほど、わかる気がする、なんて思いながらほろ酔い気分で読み進めていったわけだが、今後八重山諸島の文化にどんどん触れていくに連れて、この一節が言わんとしていることはもっともっと体験的に理解していくことになる。
 外は静かだ。全く音がしない。そういえばこんな静寂のうちに読書をするなんてずいぶん久々なことではないか、なんて思った。実は雑音に包まれて日々暮らしている。その雑音が意外と心地よかったりする。読んでいるうちに、眠ってしまった。そうだ、早起きしたうえに、興奮した状態で島を自転車で一周していたので身体は意外と疲労していたようだ。
 翌朝、食堂で朝食をとる。そのあと、宿の前の広場でぼーっとした。
▼ここが広場

 基本的にやることがないのだけど、その暇をもてあますわけでもなくぼんやりしていた。
 もういちど自転車を借り、ニシ浜というそれはきれいな海岸へ向かった。
▼これがニシ浜

 海の色がいままでみたことがないほどきれいだった。北浜とかいてニシハマと読む。北の方角を「ニシ」と呼ぶのだそうだ。
▼こんなにきれい

 見とれてしまいました。
▼そのうち人が集まってきた

 宿で知り合った人たちであろうか。ぺちゃくちゃしゃべるわけでもなく、やはりぼんやりしていた。なんか、映画の「めがね」を思い出した。似たようなシーンがあったような気がする。
 そのうち昼時となり、腹が減ってきたので、店を探す。うろうろしていると、屋外にテーブルと椅子の置いてある、食堂らしき店を発見する。青空食堂というお店である。なんとなくタコライスを頼んでみた。
▼これがタコライス

 スープ付。さんぴん茶(ジャスミン茶)もテーブルの上にボトルが置いてあり好きなだけ飲める。自転車で移動したあと、ということもあり、大量にお茶も飲んだ。
 そもそもタコスとは、とうもろこしの生地を薄くのばして焼いたトルテイーヤに具材を巻いて食するもののようだが、その具材がなぜか米の上に盛られている。それをタコライスと呼ぶらしい。なかなかあっさりしていておいしかった。屋外だから、というのもあるのだろうか。
 私が座る席から離れたところでは作業服姿の男性3人組が、がっつり系のなにか定食的なものを食べていた。工事作業でもしているのだろうか。また隣の席には、私と同じく旅行客と思われるような女性二人組がなんかおいしそうなジュースを飲んでいる。先の作業服3人組は良いとしても、こんな11月の平日にこの女性二人はどういう了見でわざわざ有人日本最南端にやってきたのであろうか。聞きたかったが、聞くきっかけは特にない。またそっくりそのままその質問を返されてしまう恐れもあったので、そっとしておいた。
 食べ終わった後は、日本最南端の空港波照間空港へ向かう。
 空港というくらいだから栄えているのだろうな、いやせめて栄えていてほしいと願いを込めて、空港のある方角へ自転車を走らせるが、あるのは電信柱ばかりで、いっこうに空港は見えてこないし飛行機も見かけない。本当にこの方向でよいのか、不安になる。しかし空港ならば、相当量の電気を使うはずだから、そういう意味ではたくさんの電信柱は、空港の存在を証明しているようなものではないかと自分を励ましながら、自転車をこいだ。
▼ようやく波照間空港がみえてきた

見えてきたのはいいが、本当に空港なのか目を疑った。
▼いや、やはり空港のようだ。

 人気がない。
▼お手荷物引渡所

 なんかこうみると空港っぽいっちゃあぽいけど。
▼ここは待合室

椅子がカラフルである。なんでだろう。
 びっくりするくらい人気のない。というか誰一人いない空港を後にして、今後は最南端の碑を目指す。
▼道がどんどん険しくなる

 天候も怪しい。
▼これが日本最南端の碑である。

 さすがにこの碑の周りには人が数人いた。ある人はこの南端から海を眺め、ある人は最南端の人のツーショット写真を撮影と、それぞれがこの最南端の地を堪能していた。
 じゃあ自分も堪能しようかと思った矢先、恐ろしい量の雨が降りだした。スコールであろうか。堪能していた人々もあわてて走って自転車に乗り込み散っていってしまった。あたりに屋根の有る場所はない。私もカメラが濡れないように気をつけながら、散っていった集団の後をついて行った。するとたどり着いたのが星空観測タワーだった。
 ここでひたすら雨宿り。カメラさえなければ、雨に濡れながら移動しても別に良いのだが、けっこうな値段のするカメラを購入した手前、そう簡単に壊すわけにはいかないのである。
 しかしすごい量の雨が降る。地面をぼうっとみていると、一気に水たまりができた。というかこんなにぼうっと雨をみて、水たまりの生成過程を眺めるなんて久しぶりのような気がする。こんな雨ごときで、最南端の島で、雨に窮している訳だけど、東京の会社ではみんなせわしなく働いているのだろうなぁ、と思うとなんだか変な気分になる。
 大学4年生のころ、山奥の大学にあるかび臭い倉庫で演劇活動をしていたわけだけど、その休憩時間、首からタオルを巻いたジャージ姿で、広大な敷地の中で人知れず存在する池にひとり散策したことがある。その池の奥に洞窟のようなところがあり、棒きれを右手に持って中に入っていった。そしてその洞窟の中腹まできて「あ、俺は何をしているんだろう、他の同級生は就職活動をしているのに」と我に返った。そんな過去の経験がなぜかフラッシュバックした。
 そのうちに雨はやんだ。服は水に濡れており、風が寒く感じたので急いで自転車で宿に帰った。すぐにシャワーを浴びて、新しい服に着替えた。
▼また外に出ようかとも思ったら外はまた土砂降りであった

 どうしようもないので、隣の仲底商店にいき、お土産を物色。絵葉書を一枚購入しこの旅の相談をさせていただいた方に送った。
 夜、一人ご飯をたべ、商店でまたオリオンビールとチーズを購入。そのまま夜の波照間島を歩いていたが、目前に現れた巨大な風車がとても恐ろしく感じ、またその先にひろがる東京ではなかなか感じられないくらいの漆黒の闇のなか道に迷いそうで怖くなり、そそくさと宿に帰った。
ビールを飲みながら読書。また気がついたら眠っていた。
 翌朝朝食をとり、宿代を支払って、朝の船で石垣島に帰る。
朝から天気が悪く、海が荒れている。乗船のため港で並んでいると、私と同じ境遇の人と思われる旅人たちも船に乗り込んでいる。波照間島で仲良くなった人なのであろうか、船に乗り込む旅人を見送る旅人もいる。いやこれは旅人なのか、宿で働いている人なのかよくわからない。よくわからないけれど、毎日この船を介して港では出会いと別れが繰り返されていることは間違いなさそうである。
私の後ろには子供たちの集団がいた。先生らしき大人、それらを見送る大人たちもいたので、遠足かなにかであろうか?
▼船が出航するとき、この子供たちを見送る大人たち。

 船はジェットコースター並みに揺れた。本当である。行きの船もそれなりに揺れたが、天気が悪く海が荒れているからなのか、帰りの船では、落下するような感覚を何度も味わった。そして落下する衝撃が来るたびに子供たちの集団はげらげらしている。先生は、そんなげらげらしている子供たちを、これまたたまらなくげらげらしながら写真撮影していた。いいなぁ、楽しそうだなぁと心から思った。そうだ、石垣島に来てからまともに人と話していないんだった。だから余計にうらやましく感じたのかもしれない。
 石垣島に戻ると、次の目的地へ向かうため再び石垣空港へ移動した。飛行機が出発するまでけっこう時間があったので、歩いて石垣空港へ向かったのだった。(けっこう距離があった)

「舌を鍛える」2007年秋沖縄旅シリーズ

#1:いちば食堂の八重山そばで始まった八重山諸島旅行一人旅

#2:青空食堂のタコライスで思い出す波照間島

#3:土砂降りの与那国島。あたたかいご飯に癒される。

#4:主体性なき与那国島観光、そして塩。

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