2月17日日曜、朝7時。
朝まで飲んでいた人たちも家路につき、新宿が一日のうちで一番静かなこの時間帯、
西口の一角はジャージーやウインドブレーカーなど、決して都心で着るものではない服装をした人たちで人であふれていた。
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そう、今日は東京マラソンなのだ。
昨年から始まったこの大会、
今年は3万人の出場枠に15万人が申し込んだということで、
なんと5倍という狭き門であったのですが、
その中に2年連続で出場できる自分はなんと幸せなのだろうと、
新宿西口の光景を見てあらためて思ったわけです。
新宿西口から東京都庁へと向かう道、
朝日を浴びた都庁がいつもより誇らしく見えた。
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新宿西口公園に入ることができるのはランナーだけ。
ゲートで区切られており一般の人は中に入ることができません。
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トイレをすませ、荷物を預ければ準備完了。
あとはスタート地点へと向かうだけです。
ところで、前日に私を悩ませたものが一つ。
当日に何を着るかという問題。
普段着ているランニング用のシャツにパンツを着ればいいのはわかっているし、
普通のマラソン大会ならそうしているのですが、
ただ、それでは物足りない。
東京マラソンといえば、東京大マラソン祭りと銘打っているわけで、お祭りなのです。
お祭りなのだからお祭りらしい服装をしようと思うのですが、
かといって仮装をするのは恥ずかしいし、
記録をねらえなくなってしまうのは嫌。
(なにせ会社の朝会で部員50数名を前に「4時間を切ります!」と宣言してしまったのだ。)
そう考えたときに思い出したのが
昨年FC東京のユニフォームを着た人が沿道から「東京頑張れ!」と声をかけられていたことである。
ほかの大会でもそうだが、スポーツチームのユニフォームを着て走る人が結構いる。
(やはり一番多いのは阪神タイガースである。)
そして、私はいつもはそれを着ている人に対しては
「負けないよ」
と密かに闘志を燃やす訳なのだが、
今回は闘志を燃やされる側にたってみようと考えた。
そう、「我が愛するベガルタ仙台のユニフォームを着よう」と。
ユニフォームを着ることを決めた瞬間に、2つめの目標は決まった。
「他チームのユニフォームを着た人間には負けない」と。
午前9時、都庁前には3万人が今や遅しとスタートを待ちわびていた。
その中で二人の大物が登場した。
昨年に引き続きスターターを務める東京都知事の石原慎太郎。
その横には日本陸連会長の河野洋平。
昨年の大会でも見られたこの光景ではあるが、
同じ自民党出身とはいえ政治信条の全く違うこの二人が並ぶ機会は滅多に見られるものではない。
「石原慎太郎と河野洋平の2ショットが見られるのは東京マラソンだけ!!!」
そんなキャッチフレーズを思いついたはいいけど
ほかの3万人にとってはどうでもいいことかもしれない。
そして9時10分、スタートのピストルが鳴った。
オリンピック選考会ランナーを先頭に前のランナーが続々とスタートしていく。
約7分後自分もスタート地点を過ぎ、いよいよスタート。
これから4.195kmの道のりをひたすら走っていくわけです。
1km地点。新宿歌舞伎町。昨年と同じく6大学の応援団の応援が繰り広げられていたわけだが、
「チャンスだチャンスだかっ飛ばせ♪」と母校の応援が聞こえてくる。
自分が応援される側になるというのは大学時代は考えられなかっただけに、
感無量で、テンションがあがった。
しかしながら5kmすぎまでは長い下り坂が続く。
ここでペースを上げると後で苦しむことになるので、心のテンションはあげつつペースは押さえるように心がける。
2km地点、vs楽天イーグルス。
ちょうど横に楽天のユニフォームを着た青年が。
同じ仙台を本拠地とするチームとしては絶対に負けられない。
勝負は3km地点で決着、勝利。
5kmの通過はスタート地点を過ぎてから29分。
4時間を切るには5kmを28分20秒で走らなければならないのですが、
それよりも1分ほど遅いペース。
ただ、それはペースをおさえていることの成果であって、決して遅れているわけではないので、
全く心配はしていなかった。
7km地点、やけに人が固まっているなと思ったら東国原英夫さんがいた。
周りに手を振りながら走っていた。
今回はタレントやアナウンサーが多数走っているので、それをガードするランナーやカメラマンが集団になりランナーの邪魔をする。
もちろん彼らは邪魔をしている実感はないだろうが、
少なくとも私にとっては邪魔だった。
8km地点。いつも皇居を走るときに使っている銭湯のおばちゃんがいた。
手を振ってみると気づいてくれたのでテンションがあがる。
9km地点。皇居近くのトイレに寄った。
今年は昨年より数も多く、待ち時間も少ない。
10km地点。ここまでの5kmのペースも約29分。
トイレに行ったロスタイムをのぞけばいいペース。
10kmの部に出場していた千葉真子選手が突然現れた。
手を伸ばしているのでとりあえずハイタッチをしてみた。
小柄でかわいかった。あれで31歳って。
それにしても10kmに出場する人はここでゴールなわけで、
この大会のハイライトである銀座や浅草を走れないなんてかわいそうだなとも感じるのです。
12km地点。再び東国原渋滞。
7km地点の時よりも道幅が狭くなっているのでなかなか抜かせない。
1kmくらいあとをつけた状態から13km地点でやっとかわす。
このあたりはオフィス街なので人が少なくなった。
オフィス街の休日は実に何もない。
たまに休日の何もないオフィス街を散歩するのが好きだったりするのだが
今日はこの何もなさ具合がとても寂しい。
14km地点、vsヴェンフォーレ甲府
背中に「祈、J1復帰」と書いたユニフォームを着た人が。
まぁお互い頑張りましょうと言うことで、15km地点の手前で抜かす。
15km地点、ここまでの5kmは26分。
タイムこそ速いが感覚的にはまだ押さえている感じ。
もしかしたらいいタイムが出るかもしれない。
15kmの品川折り返しを過ぎると
再び日比谷へと戻るコース。
18kmあたりで沿道から「仙台頑張って」と女性の声が。
見てみるとFC東京のユニフォームを着た方。
やはりユニフォームを着た甲斐があった。
「由紀彦♪由紀彦♪俺たちの由紀彦」
と過去FC東京に所属し、今年から仙台に移籍してくる佐藤由紀彦選手の応援歌が頭を駆けめぐる。
20km地点。ここまでの5kmは28分。
19km地点でトイレに行ったのでそこでのロスをのぞけば先ほどの5kmと同じペース。
22km地点を過ぎると銀座に入る。
普段買い物客でにぎわう銀座の通りをランナーが走っている光景は、やはり壮観だ。
25km地点、ここまでの5kmは27分。ほとんどペースは変わらず。
まだまだ余裕のあるペースだ。もしかしたらまだペースを上げられるかもしれない。
27km地点、浅草。
給水所では人形焼きが出ていたが、
その時は逆側にコースをとっていたせいで食べることができず。
昨年は食べ物がほとんどなかったので今年こそは食べようと思っていたのですが、
またもや食べることができず。残念。
30km地点。ここまでの5kmは26分。
まだまだ余裕があるのでここからペースを上げることにする。
この時点で2時間55分。
あと12kmを1時間5分で走らなければ4時間以内でゴールできない。
ということは1kmあたり約5分25秒のペース。5kmあたりでは約27分。
冷静に考えれば今までのペースと変わらないわけだが、
そのときはペースを上げないと4時間を切れないと思いこんでおり、
とにかくペースを上げることにする。
その頃、逆側のコースを走っている人から「ベガルタ頑張れ!!」と声が。
自分も「おー」と返す。
ますますペースが上がる。
31km地点、沿道の公衆トイレに。
地元の人はトイレを待っていたのでその後ろに並ぶが、
なんとその人が順番を譲ってくれた。何ともありがたい。
(その人は自分の後に来た人にも順番を譲っていたのですが、きちんと用を足すことができたのでしょうか)
34km地点、再び銀座を通り過ぎ築地方面へと向かう。
昨年はこのあたりで足が動かなくなったが、今年は余裕。
35km地点、ここまでの5kmは26分。確実にペースが上がっているがまだ疲れは来ていない。
36km地点、最大の難関である佃大橋にさしかかる。
急な坂なので歩いている人やペースの落ちてしまった人が多数いるが、
自分は全くペースを落とさずに走ることができている。
このあたりではどんどん抜かすことができるのでとても気持ちがいい。
38km地点、豊洲。
このあたりでは走ることで必死になっており沿道の風景はほとんど覚えていない。
40km地点。ここまでの5kmは24分。
普段のランニングでかなりペースをあげて走るときとほぼ同じペース。
まさかフルマラソンの最後でそのペースで走ることができるとは思っていなかった。
最後の給水所、ボランティアの方が「仙台頑張れ!!」と声をかけてくれた。
一番の苦しいところだったので最後に向けて気合いが入る。
そして42km地点。
ラストスパートをかける。
ゴール地点ではたくさんの観客が迎えてくれている。
そんな光景に感動を覚えながら最後は余裕を持ってゴール。
記録は3時間57分。自己ベストを12分も更新しました。
でもその直前には大分トリニータのユニフォームを着た青年が。
あと少しで大分に及ばずと言うことで。
2003年11月29日のことを考えると悔しさがよみがえってくる。
しかしながら最大の目標であった4時間を切ることができたのは大きな収穫。
特に最後の10kmを5分/kmを着るペースで走れたのがすごく自信になりました。
これで翌日会社に胸を張っていくことができます。
ゴールしてからしばらくして落ち着いたので
ゴール地点で他のランナーがゴールするところを見ていたわけですが
ところで、観客席にはランナーやその応援者とは明らかに違う
やたらとでかい一眼レフを抱えたメタボリックな体型の集団がいたわけで。
アナウンサーやタレントが出場するところの弊害なのだろうなと冷ややかにみつめていたわけですがそれはそれとして。
最後の方のランナーは足を引きずりながら
苦しそうな顔をして、あるいは涙を流してゴールしている。
そのような姿を見て自分も感動してしまったりするわけですが、
冷静に考えて見ると、彼らは
「マラソンを走るのにろくな準備もせず、当日になって苦しんでいる愚かな人たち」
であるわけなのに、
きちんと準備を積んで何事もなく走りきった人よりも
そんな人間に感動してしまうなんてなんと不公平なんだろうと。
そしてそれは日常の生活にもつながっているなとも思ったわけです。
6時間59分を過ぎ、最後のランナーがゴール。
石原慎太郎知事がそのランナーを出迎えます。
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その人がゴール瞬間に制限時間の7時間。
今年の東京マラソンは無事終了しました。
天候に恵まれ、自己ベスト達成といいことずくめのこの大会でしたが
最後に一つ言いたいのは、
我々を支えてくれたボランティアの皆さん、
ありがとう。
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