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2008年3月 5日

うどんマンシップにのっとる、豚骨ラーメン「田中商店」

 それは1年以上前の話。当時、勤めていた会社では仕事がとても忙しく時期で、終電を逃す毎日であった。なのでよく12時40分前後に、山手線外回り最終電車に乗るため、渋谷駅を目指し、青山通りから一本裏に入った通りを疾走し駅へ急ぐことが多々あった。

 渋谷駅から乗り込む山手線の終電は池袋駅行き。池袋駅からはタクシーで家に帰ることになる。池袋駅にあるタクシー乗り場では、謎のおじさんが全身をオーバーすぎるほど活用し、タクシードライバーの交通整理に邁進。(誰に要請されているのかまったくもって謎である)そんな25時前後、タクシー乗り場で並ぶこと十数分、ようやく乗ることのできたタクシー内にて、「江北橋を渡って西新井へ。そうしたら環七に出て、日光街道を通り抜けて最初の信号を左」と運転手に指示する。あとはぼうっと外を眺めながら家路へ急ぐ。

 西新井から環状七号線へ出て、ちょうど日光街道と交差する陸橋の手前、煌々と明るいラーメン屋が目に付いた。その店の周囲にはたくさんの車が駐車している。

 この店が今回紹介するラーメン屋、田中商店である。

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 後日、おいしいラーメンを紹介する書籍・雑誌などを読むことで、この店が有名店であることがわかった。それからというもののタクシーで帰るたびに、この店を横切るたびに、いちどでいいからタクシーをここで待機させ、その有名なラーメンを食ってみたい、そんな欲求に駆られたものである。(しかしタクシーの領収書は会社で精算するため、待機なんてさせたら金額が跳ね上がる。いつもと違うタクシー領収書について詰問されることをイメージすると、なかなかそういう勇気は沸いてこなかった)

 その後、店舗は移動した。移転先はなんと「日光街道を通り抜けて最初の信号を左」つまり、よりわが家に近い場所である。幹線道路を通過しないで良い分、物理的な距離感覚以上に近場に感じてしまい、それ以降足繁く通うようになってしまった。

 さすが多くの書籍・雑誌で紹介されているだけあってうまい。店の近くにに行くだけで、豚骨ラーメン特有のにおいが鼻に付く。店の前にはいつも行列が絶えないのだが、回転がはやいのでその行列もさほど気にならない。店内には家族向けのテーブル席とあとは直線状のとても長いカウンター席。

 注文を終え、カウンターで待つ。水はセルフサービス。水を汲んだあとは、カウンターの向こう側で作業に邁進している従業員たちを目にすることになる。

これがすごい。

 オーダー内容に対応する座席番号を大きな声で連呼するオーダー担当。呼応するように麺をゆで始める麺担当。同じくスープを用意するスープ担当。具材を投入しラーメンを整える具材担当。替え玉の注文を聞く替え玉担当。食器洗いに邁進する洗い場担当...カウンターの向こう側ではそれぞれの担当が効率よく働く。誰かが手一杯になるとすかさず他の誰かがフォローに回る。まるでサッカーのようだ。その動きにはムダがみえない。

 町田康の小説集「くっすん大黒」所収の小説「河原のアバラ」にこんな一節がある。ちょっと長いが引用する。

 立ち食いうどん店員が勤務中、絶えず要求されるのは、阿吽の呼吸、和の精神であって、うどん作りの技術でもなければ、客に対する愛想の良さでもない。たとえば、ひとりの客が、ふらここ、と自分の前に立ったとする。自分は、コップに入ったぬるい水をカウンターに置き、注文を訊く。客が、きつねうどん、と明確に注文すればよいが、たとえば、きつね、とだけ言った場合は、すかさず、そば? うどん? と訊き返し、客が、うどん、と答えれば、自分は、カウンターの内側の棚にある伝票の当該欄にチェックマークを入れつつ、符丁で、信太、うどんで一丁、と宣言する。これを後ろで聞いていた者が、この時点で初めて、うどん玉をつけているようでは、とうてい、立ち食いうどん店員は務まらぬ。自分が、そば? うどん? と訊き、客が、うどん、と答えた時点で、すかざず、自分の横のステンレスの代や上、予め用意してあったうどん玉を、笊に放り込むと、素早くつけ、ややあってチャッチャッチャッと湯を切って、丼に入れて、だし汁をかけ、くるりと上体をはんてんさせて、注文を受けた自分の横の台の上に置くのである。この時点ですでに、カウンターの内側に並べてあるバットの油揚げをトングでつまんで待機していた自分は、うどんの上に油揚げをほどよく配置し、かつ、刻み葱も適宜、投入したうえ、へいお待ち、と客に差し出し、引き替えにうどん代金を受け取って銭箱に放り込み、伝票を伝票刺しの釘に刺すのである。

 そして、この場合、誰が、どの役と決まった役があるわけではなく、あるものが注文を聞けば、いま一人はうどんをつけ、という具合に機を臨み変に応じて行動すべきなのであり、その役割分担は変化自在なのであって、自分と淀川五郎はそうやって、阿吽の呼吸、和の精神のうどんマンシップにのっとって仕事をこなしてきた。(P97-P98)

そう、この店には、うどんマンシップが宿っているのである。

さらにうどんマンシップの解説は続く。

 

これら一連の仕事の流れの中で、やっていて一番面白いのは、チャッチャッチャの役である。実際ゆで具合というのは、うどん製作の過程上最も重要なところで、人間誰しも、うどん店員になった以上、客にへりくだって注文を聞いたり水を出したり、ちまちま具を並べたり、という作業よりは、遣り甲斐のある、チャッチャッチャをやりたがるのは無理のないところである。とは言うものの、「俺がチャッチャッチャをやるんだから、貴様は他のことをしておれ」では、これ、先に言った和の精神というものが成り立たぬ訳で、五郎も自分もそのことを弁え、無闇な自己主張を避けて、日々うどん業務に励んでいた。(P98)

 田中商店においてもチャッチャッチャが人気ポジションなのかどうかはわからないが、垣間見た作業のなかで圧巻だったのが替え玉である。この店では麺の硬さを「ハリガネ」「バリカタ」「普通」「軟らか」の4種類から選ぶことができる。麺担当の男性が麺をお湯から引き上げてチャッチャッチャを終えると、麺を宙に飛ばす。すると替え玉担当の人が皿でキャッチ。さらにそのあと、別の麺が宙を飛ぶ。先ほどと同じ皿でキャッチした替え玉担当者に、麺担当が「さっきのバリカタ、いまのハリガネ」と耳打ち。うなづく替え玉担当、すかさずお客の丼に麺を流し込むのである。(周りの人が店員に聞いているのを盗み聞きしたところによると「ハリガネ」とは10秒ほどゆでたものらしい。まさに時間差戦術である)うーん、やはりチャッチャッチャは花形か?

 しかし、別に麺が宙を飛ぶのはパフォーマンスには見えない。効率性を追求した合理的な所作のような印象だ。仕事柄、企画書であったり広告などをつくっているが、製作物に対する推敲を積み重ね、どんどん余計なものをそぎ落としていくと、どんどんメッセージが鋭くなり論理構造もどんどん美しくみえてくるようになるものである。まさに、業務で経験したあの感じ、その延長線上、という印象なのである。だから麺を飛ばす直前に「お客の皆さん、麺、飛ばすよ!僕に注目!!」みたいなことは言わない。淡々とこなす。そこには、ただその動きが必要なのだろう、と納得してしまう何かがある。

 そんな観察をしているうちに、ラーメンが運ばれてくる。私がよく頼むのは、バリカタの「ネギラーメン」と「明太ごはん」。

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 とりあえずそのまま、ラーメンを平らげる。スープはとても濃厚そうに見えるが、見た目と違いコッテリ感はそれほど感じない。替え玉を注文。高菜を入れてみる。若干辛い。...さきほどコッテリ感を感じない、と書いたが、さすがに替え玉を食す段になるとさすがに油っぽさを感じるようになる。「10才若ければ複数回替え玉するんだろうな」なんて思いながら、がんばって麺をすする。こうして平らげたら、最後にスープを明太ご飯にかけて混ぜて食す。すると、なんとも不思議なことにラーメンとは比べものにならないくらい、あっさりと食べることができる。毎度スープをかけたご飯を食べるのだが本当に不思議である。

 そして最後にお会計を済ませるともらえるのが次回から使える「替え玉無料券」。これをもらっちゃうからまた行きたくなるのかも知れない。

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