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2008年2月16日

1月中旬から2月初頭、私は己と激しく戦う。

正月の喧騒を経て、世の中が落ち着きを取り戻す1月中旬から2月初頭...

この時期になると私は、ひとりひそかに心踊る。なぜならばある食べ物が一斉にリリースされるからである。

それは、節分豆である。

仕事が終わった深夜、終電にて最寄り駅に到着し、既にバスはなく20分くらい歩いて家路を急ぐ。その途中にあるコンビニにて暖をとりながら最新の雑誌をひととおりチェックして、店の中をうろうろ。特設コーナーにて鬼のお面とともに陳列されている節分豆。コレである。

テンションがあがり二袋購入。早速食べる。香ばしい香り。適度な歯ごたえ。1年間待っていた甲斐があった。

ここまでみるに幸福なアフターファイブ(相当時間は過ぎているが)、つまり癒しの時間であって、自己との戦いなどとは何をおかしなことを言っているんだと思われる方も多いかと思う。だが現代社会は常在戦場の時代。このことをわすれてはならない。戦いは、どこにでも潜んでいる。それは節分豆の咀嚼然りである。

咀嚼によって、大豆が粉状、つまりきな粉のような状態になることで、口の中の節分豆の表面積が拡大する。咀嚼中の唾液がこの粉状になりつつある節分豆に吸収されることで口内がカラカラになってしまう。

かぐわしい香りと適度な歯ごたえによって節分豆を口内へ運ぶ行為は当然促進される。こうして咀嚼も持続するわけであるが、ここまでくると節分豆対己の唾液分泌機能の戦いとなる。節分豆に関していえば、咀嚼という行為は節分豆の表面積を拡大させる行為であり、口内の唾液を奪い去る行為である。しかし咀嚼によって、唾液分泌が促進されることもこれまた真実。なるほど節分豆を食するとは己の唾液分泌機能を鍛える行為に他ならないのである。私は必死に己と戦う。鬼は外、福は内と念じながら。

しかし私の身体は追いつかない。口の中がカラカラでどうしようもなくなる。そのときである。カラカラになった口内にお茶を流し込め!お茶によって口内のカオスがすべて胃袋に納められるのだ。そしてこの身体感覚にシンクロするように、その日にあったいろいろなこともスッキリ。これぞカタルシス!

「わんこそばスタイル」をご存知だろうか。2年前のエントリーにて提唱したものの野ざらしとなっている、ベビースターラーメンを食する際のニュースタイル。つまりこのスタイルをここでも応用しているわけであります。

しかしである。なぜ節分豆は節分の時期にしか売られないのだ。あんなにうまいのに。1年中売って欲しいと切に願う。

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