去年のちょうど今頃、私は冬休みを利用してのヨーロッパ一人旅の計画を練っていました。バルセロナ、ローマ、アムステルダムなどの有名な都市に混じって私にはこの旅でぜひとも訪ねたい街がありました。それはデュッセルドルフ。「どこ?」と思われた方も多いかも知れません。私自身、少し前までは名前は知っていても具体的にどんな町かはイメージが湧きませんでした。そんな私をそれほどまでに惹きつけたもの。それは他ならぬトイレだったのです。
こちらの記事で少し触れていますが、今や日本で50%以上の普及率を誇る温水洗浄便座のルーツは実は海外にあるのです。TOTOはアメリカのアメリカン・ビデ社製のウォッシュエアシートという既存の便器に取り付けるタイプの製品(いわゆるシートタイプ)を、伊奈製陶(現INAX)はスイスのクロス・オ・マット社の洗浄機能一体型便器クロス・オ・マット スタンダードを共に1964年に輸入販売したのが始まりです。この二つはまさに現在の日本のトイレ文化の礎を築いた存在と言っても過言ではなく、衛生陶器愛好家としてはぜひとも実物との対面を果たしたいと常々思っていました。
今回の留学でクロス・オ・マットのお膝元であるヨーロッパ滞在の機会を得て、なおかつ一時期住んでいた学生寮の多目的トイレにまさに実物が設置されていたという幸運に恵まれるもいざ使ってみると故障で水が噴出しないというぬか喜びも経験し、イギリスで悶々とした日々を送っている中、私はある手がかりをキャッチしたのです。それは
「デュッセルドルフ空港にはクロス・オ・マットが設置されている」
というものでした。それは私にとってクロス・オ・マットに接触を果たすためのもっとも確実な方法と感じました。そのような経緯で私は何とかしてデュッセルドルフに行く方法を思案し、その結果冬休みの一人旅においてイタリアからオランダに北上する中継地点としてデュッセルドルフに滞在するという計画を思いついたのです。デュッセルドルフまではちょうどいい具合にスイスのチューリッヒから格安航空会社のフライトがあったため、それを利用することにしました。これによりクロス・オ・マットの総本山であるスイスへの滞在も同時に可能になりました。これでほぼ確実に対面が果たせる…、はず。
今回は2回に渡ってスイスからドイツの間に発見したユニークなトイレを紹介していきたいと思います。まず第一回目はチューリッヒ市内で発見した非常に賢い構造の公衆トイレを紹介します。
チューリッヒの街は大都会の喧騒や猥雑さといったものがなく、静かで整然としていてそして清潔です。ロンドンやパリのような大都市ならではの躍動感やローマのような歴史が息づいているといった雰囲気はありませんが、前述の理由から「住むには最高だろうな」と感じる街でした。ただマクドナルドのセットが日本円にして約1000円という、ユーロ高で全体的に高く感じるヨーロッパ諸国の中でも一際高い物価はいただけませんでしたが…。
そんなチューリッヒの街は公衆トイレの整備も抜かりなく、市内では様々な形態のトイレを見ることができます。訪ねたほぼ全ての国で見ることができ、もはやパリの専売特許ではないのだなと感じた全自動トイレはもちろん、日本の公衆トイレのように男女別に分かれていて、いくつかの個室と小便器が備え付けられたタイプの公衆トイレも多く見受けられました。そしてそれら中でも私が特に感心したのがこちらのトイレです。
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メタリックな質感にとんがり帽子がチャームポイントといったところでしょうか。非常にコンパクトで、大田区の円筒形トイレとほぼ同じくらいの占有面積と思われます。真四角で、金属むき出しの質感は日本人の感覚からするとちょっとトイレ離れした雰囲気ですが、ヨーロッパの人々にとってはこの金属の質感が清潔感を連想させるのかもしれません。また、この銀色は街の風景に意外とよく溶け込んでおり、景観保護の意味でもこの色が選ばれているのかもしれません。
業務用冷蔵庫のような趣の扉を開けるとこれまた銀色の空間が続きます。しかし、それ以上に驚きなのが扉を開けたときに対面する便器の形状です。それはこれまでに出会ったことのないような姿で私を待ち受けていたのです。
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このようにきれいな円を描くボウル状の便器がこのように大口を開けて鎮座していたのです。ここで疑問なのはここにどのように座るのか、ということです。ご覧のとおりボウル状の便器の直径はほぼこの個室の幅いっぱいまであり、なおかつ淵は非常に細いものとなっています。つまり「座ることを拒否している形状」と言うべきものなのです。おそらくここに座ったらバランスを崩し、このボウルの中にお尻がすっぽりと入ってしまうでしょう。それではどうやってここに座るのか?目線をこの便器の上にやった私はそこで膝を叩いたのです。
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これが答えです。「なるほど!」と思いませんか?そうです。便座が必要なときはこのように跳ね上げ式の便座を降ろして使うのです。この便座にはばねが仕込んであり、普段は壁に平行に取り付けられています。男性の小用の際は便座は使用せず、男性の大用や女性が利用する際は便座を降ろして使ってもらうのです。そして、これだけでは終わらないのがこのトイレのすごいところなのです。
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こちらは洗浄ボタンなどが集まっている個室の壁面に当たる部分です。左側の吹き出し口のような部分はボタンを押すと温風が出るハンドドライヤーとなっております。このような限られた空間の中でもハンドドライヤーまで備え付けられている点にも感心しますが、さらに驚きなのが右側の部分。ボタンの上下に形の違った、おそらく水が出るノズルのようなものがあるのが確認できるでしょうか。ボタンを押すことによって上下二箇所から水が出るのですが、ボタン上のノズルからは壁に沿う形で水が出るのに対し、ボタン下のノズルからは便器のほぼ中心に向けて放物線を描くように水が出るのです。これは何を意味するのか…。そう、上のノズルは便器洗浄用のもので、下のノズルは手洗い用のものなのです!
つまり、このトイレの便器は3つの役割を上手にこなしているということになります。男子小用の際は受け口の広い小便器としての役割を、男子大用や女性が利用する再は大便器としての役割を、そして男女とも用を足した後にはこの便器は手洗い器としての役割を果たすのです。これがもしごく一般的な大便器だったら、男子小用際はより注意深く狙う必要がありますし、かといって小便器のみを置いたら女性が利用できなくなってしまいます。この便器はスペースの限られた公衆トイレにおいて、便器が手洗い器になるというアイディアも人によっては抵抗を感じるかもしれませんがこのようなコンパクトな公衆トイレにありがちな小さい手洗い器の中で気を使いながら手を洗うよりも洗いやすかったため、筆者はむしろ歓迎したいところです。
このように小さな体にたくさんの見所が詰まった興味深い公衆トイレでした。一つの便器に小便器、大便器、手洗い器の1台3役という点にヨーロッパの合理性を実感できる、よく考えられたトイレと感じました。その優れた省スペース性と使いやすさからイベント会場などに使われる仮設トイレへ応用しても面白いかと思いました。以前レンタルのニッケンの仮設トイレで狭い空間に和式便器と男子小便器が設置されているものを利用したことがあり、限られたスペースに二つを詰め込む知恵に感心しましたが、この方式ならもっとゆとりを持った作りそれに近い使い勝手が実現できるかもしれません。
<その他の特徴的な公衆トイレ>
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一昔前の日本の公衆トイレを思わせる佇まいにふと足を止めました。トイレ壁面の青い円はチューリッヒ市内の公衆トイレ共通のロゴのようで「Zuri WC」と書かれています。前述のコンパクトな公衆トイレにもついていました。催したらこのマークを目印にすればいい訳ですね。男性専用となっており、内部は小便器が2台あるのみです。使われている小便器は日本でも発売されている(製造元のUridan社の日本語サイトは消えてしまっており、いくつかの代理店のWebページが残るのみとなっています)デンマーク製の水不要小便器「ユーリ」と思われます。日本でもメンテナンスの仕方によるものなのか汚れやにおいが発生し、利用者の不評を買っている個体があるようですが、こちらのユーリも同様にメンテナンスを怠っている印象で、メーカーの製品紹介ページの美しい姿が嘘のように汚れ、また悪臭を放っていました。この便器を快適に使うには日々のメンテナンスは不可欠だということを改めて知らされました。ただこの青色は鮮やかで美しいと思います。このあたりのセンスはさすが北欧といったところでしょうか。
さて、次回のコラムではクロス・オ・マットとの対面について書いていきたいと思います。お楽しみに。
それではまた。
<今回紹介したトイレ>
チューリッヒ スタデルホフェン駅近くの公衆トイレ
<関連リンク>
株式会社NTCドリームマックス
ユーリの代理店の一つです。
ユーリのメリットについて詳しく説明されています。