神楽坂「翁庵」で神吉拓郎の好きなカツそばを食べる


前回のつづき。
坪内祐三VS福田和也『暴論』(扶桑社2004年)の中にこんなくだりがある。

坪内 ”そば通”を自認する人の中には、「せいろ」(=もりそば)以外のそばを頼むと邪道だ、みたいな言い方する人がいるけど、作家はそんなことにこだわってない人が多いよね。
福田 ですね。全然こだわってない。
坪内 たとえば、神吉拓郎はカツそばというちょっとゲテなそばが好きだった。吉行淳之介もさっき出たようにカレーそば好きだし。

神吉拓郎が好きなカツそばは、神楽坂の翁庵のものだ。
矢島裕紀彦『文士が愛した町を歩く』(NHK出版生活人新書2005年)にも書いてある。



その原文、神吉拓郎の『たべもの芳名録』(文春文庫1992年)にあたってみるとこうあった。

 種もののなかの異色で、これは喰える、というものを、一つだけ紹介したくなった。
 カツソバ、というやつである。
 そういうと、そば好きは、みんな恐しそうな顔をするけれど、これは食べてみなくちゃわからない。
 カツソバの通にいわせると、それも、”冷やし”に限る、という。
 何度か食べてみると、なるほど、その通り。
 要は、やや冷たいかけソバの上に、庖丁を入れた薄いカツが乗っているだけの話なんだが、カツとソバとツユの間に、実に微妙な調和があって、これがバカにならない。
 だいたい、その蕎麦屋は、ソバもツユも、ちゃんとしてるから、そんな冒険も出来るんだろうと思う。
 そのカツの方も、その店の売りもので、カツ丼、カツ丼のわかれをせっせと食べている客も多い。
 お察しのように、ごく気安い蕎麦屋で、値段も安い。
 飯田橋から神楽坂へかかって、すぐ左側、翁庵。くれぐれも申し上げますが、カツソバは、”冷やし”に限ります。

神吉拓郎は”冷やし”に限ると言っているが、この逆を主張する人もいる。
麺’sCLUB編『ベスト オブ 蕎麦 IN POCKET』(文春文庫ビジュアル版1992年)の里見真三探偵である。

「肉屋のを買った」トンカツはヤケに薄い。ケチっているのではなく、「薄くないと汁が衣に滲み込まない」からだ。中でも温かい”カツソバ”を、探偵は推す。揚げおきの冷えたトンカツは十二分に油が切れているので、かけ汁がくどくならないのが、良い。そして薄味の汁を吸った衣がどんどんふくらむ間に、バラ肉が温まって柔らかくなるから、味わいが一層深くなる。

「汁を吸った衣がどんどんふくらむ間に、バラ肉が温まって柔らかくなる」というのが、なんとも説得力がある。
しかし、私は神吉拓郎に倣って、”冷やし”を食べた。
それと、蕎麦焼酎(小瓶)の蕎麦湯割り。

ここの蕎麦は久しぶりだった。
気どってなくて良い。
ゆっくり飲んでも良い蕎麦屋だ。
今度は温かいのを食べようと思いつつ、つぎの店へ。

書を持って街へ出る