神楽坂の伊勢藤


「飯塚酒場」跡のつぎに、「伊勢藤」に入った。
伊勢藤について、嵐山光三郎は『東京旅行記』(知恵の森文庫2004年)にこう書いている。

 うどんすきの鳥茶屋を右に曲がれば酒亭伊勢藤だ。頑固一徹の主人が芝居小屋のような店を開いている。昭和十二年に創業した酒好きのための店。
 店へ入る前に、専太郎が客の五ヶ条をぼくとヒロ坊に言う。
「一、大声禁止。二、笑い声は微笑まで。三、ビールの注文厳禁。四、感謝の気持ちで飲む。五、注文は鈴を鳴らす」
 入るのをやめよう、としたらヒロ坊にトーンと背を押されて店へ入れられ、主人に、
「中の戸を閉めなさい」
 と叱られた。
 中の戸はぼくらが入る前から開いていたが、そんなことを言うともめそうなので、通夜客の表情で下を向いて奥の間に入る。
(略)
 作務衣坊主頭の給仕が酒を運んできた。
 こちらは借金取り立てに来たみたいで肩に力が入る。ゆったりと血走ってくる。その店の主人は、きっちりと自分の美学を持ち、それからはずれるのを許さぬ気配だ。客は主人が演出する芝居の登場人物で、主人はその演出を押し通す。
 酒三合を飲んで三人で六八〇〇円。
 三人でむっつり酒を飲んでいたら、必殺仕掛人梅安の気分になって、亡くなった池波正太郎のことを思い出した。


専太郎とは坂崎重盛で、ヒロ坊は当時の「ダ・カーポ」副編集長で、のち「鳩よ!」名編集長としてその名声を天下にとどろかせた人物らしい。
現在、主人は替わっている。2004年に加筆したところにこうある。

伊勢藤は若主人が切り盛りしている。三人で大徳利二本飲んで、七七〇〇円といったところ。

また、太田和彦は『居酒屋味酒覧』(新潮社2004年)で伊勢藤についてこう書いている。

 広い店内真ん中の囲炉裏には常に炭火が熾り、端座した主人が黙々と酒を燗している。ここはビールも焼酎もなく酒は燗酒のみ、座ると出て来る四品一汁、ほかにつまみがいくつか。暖冷房なし。団扇あり。
 昭和一二年の創業店は戦災で焼け、昭和二三年にここを建てたが、出し方は昔と全く同じという。つまり戦前の居酒屋で酒が飲めるということだ。かたくなに古典スタイルを守る文化財級の居酒屋に一度は。

そして、神楽坂で買った『街ぐらしBOOKS4神楽坂』(エフジー武蔵2007年)にはこうある。

 現在の店主は3代目。「静かな雰囲気のなか、酒を楽しんでもらいたい」という創業以来のコンセプトを守り続けている。「団体のお客さまも6名以上はお断りしています。人数が多くなるとどうしても声が大きくなるから、静かに飲んでいただける人数でお願いしているんです」とご主人。

静かに飲む店らしい。
この店は、ちょっと前から行きたいと思っていたが、土曜、日曜、祝日が休みなので、なかなか行けなかった。
今回、飯田橋から直帰だったので、念願の居酒屋へ行くことが出来たのだ。

店に入り、カウンターに座り、熱燗を注文。
カウンターに座ると、主人のお燗の所作が見られる。
炭火で白鷹上撰が入った金属製の器を温める。
器を取り出し、素手で握り、温度を確かめ、また、炭火にかける。3回ぐらい温度を確認し、酒を徳利に注ぎ、さらに、徳利を軽くお湯に潜らせる。
この時の主人の表情は真剣である。
熱燗をもう一本注文すると、端座した主人はそのまま、わきから長い塗りのお盆を取り出し、私の方に向けた。ここに空いた徳利を載せろというのだ。
徳利を受け取った主人は、また、お燗を始めた。
店内に大きな声を出す人はいなかった。
私は、お通しの一汁四菜と酒を2合飲み、店を出た。
長居する店ではないと思ったからだ。
しかし、また行ってみたい居酒屋である。

書を持って街へ出る