全自動の本場を訪ねる

前々回に室内の洗浄まで自動的に行うトイレを紹介しましたが、今回再びこのタイプのトイレを取り上げてみようと思います。しかし今回はロンドンではなくパリで活躍する全自動トイレです。パリといえば1980年に初めて全自動トイレが設置された、言ってみれば発祥の地にあたる街です。今月初旬にフランスを旅した際にこの「元祖全自動トイレ」達に触れる機会に恵まれましたので、今回はその使い勝手をレポートします。



上の写真が「元祖全自動トイレ」の姿です。パリ市内には約420基設置されているそうで、実際これを見つけるのはまったく難しいことではありません。細かな仕様の違いはあるものの、グレーの繭型の本体の上部に看板という基本的なデザインはどれも同じです。外壁は波型の装飾が着いており控えめながらもデザインへのこだわりが伺えます。落ち着いたカラーリングと相まってパリの街にも良く似合うお洒落なトイレではないでしょうか。このトイレの正式名称は「サニゼット」といい、仏和辞典にも載っている(ちなみに女性名詞だそうです。つづりはSanisetteですのでお手元に辞書のある方、お試しあれです。)ほどですが、これはこのトイレを開発したJCDecaux(ジェイシードゥコー)社の商標となっています。つまりパリ市内に設置された全てのサニゼットはJCDecaux社の手によるものであり、パリ市はサニゼットのメンテナンスのために同社に毎年約600万ユーロ(約8億4000万円)を支払っているそうです。なるほど、素人目から見ていいビジネスになっているように思えます。
また、最近のニュースとしてはホームレス支援団体の要求に答えて、以前は有料だった(40ユーロセント=日本円にして約60円だったそうです。)利用料が今年2月より一般的な公衆トイレを含めて順次無料になるそうです。本体上部の看板に書かれた”Toilettes”の下になにやらさらに文字が書かれているのにお気づきでしょうか。そこには「無料」を意味する”Acces gratuit(アクセ グラチュイ)”という文字が書かれており、声高に「排泄の自由」を宣言しています。新たに付け加えられたものであるせいか個体によっては文字がずれていたり傾いたりしていた個体も多く見られました。市内をぶらぶらした印象ではすでにほとんどのサニゼットが”Acces gratuit”の看板を掲げていました。一般的に大都市のほうが物価が高いといわれますが、ことフランスの公衆トイレに関してはパリが上記の理由で無料になったのに対し、少なくとも筆者が滞在した南仏の地方都市ニースではいまだ有料(30ユーロセントだったのでパリが有料だった頃は安かったんですね。)になっているという逆転現象が起きています。

というわけでパリ市内においては使い放題のサニゼット、中に入ってみない手はありません。無料なのでもちろんコインを投入する必要はなく、扉わきのコントロールパネルにあるボタンを押してドアを開きます。「プシュー」という一昔前の列車の車内自動ドアに似たちょっと懐かしい音を立ててドアが開くと非常にコンパクトな空間が姿を現します。

内部はまさにカプセルといった雰囲気で飛行機のトイレ並みの広さです。明かり取りの窓があることと扉の下部にわずかな隙間があることで不思議と圧迫感はあまりありません。驚いたのは便器の形状、便座がないことについてはもはや驚きはありませんが、なんとこの便器排水のための穴が開いておらず、おわんのようになっているのです。おそらく洗浄工程でこの便器ごと壁の裏に引き込まれて洗浄されるのだと思われ、このため洗浄ボタンは存在しません。さすが自動洗浄されるだけににおいもなく清潔ですが、水と消毒液という液体を使った洗浄消毒となるため写真に写りこんでいるようにゴミ類には無力ですね。2つ目の画像は手洗い器で、スペースを切り詰めるべく便器が取り付けられている側の壁に埋め込まれています。3つ目の画像はドアと床面ですが、なぜドアノブが2つあるのかは謎です。床面はかかる重みで室内に人がいるかを感知するセンサーが組み込まれており、足を踏み入れると少し床が沈み込む感じがします。また、このセンサーが正常に反応しない可能性を考慮して10歳以下の子供(目安としては体重35キロ以下とのことです。)が利用する場合は保護者等の同伴が必要という注意書きがされています。ロンドンの全自動トイレも同じような機構を備えていますが、床が沈み込むということはなく、ドアの「プシュー」という音とともにハイテクさの中に老舗ならではのアナログ感をかもし出しています。
さて、内部画像の前に2つのサニゼットの外観を掲載しましたが、良く見ると細かいところに違いが見られることにお気づきでしょうか。実は最初の画像のほうが新しいタイプに当たるらしく、今回内部画像を掲載した2つ目の画像のほうは古いタイプのようです。両者の違いとしては内部で手洗い器がセンサー式になり(写真の旧タイプではとめどなく水が流れていました。)乾燥機能と石鹸が追加された点と、便座が排水口つきの一般的な形になったことの2点、外部では明かり取りの窓の大型化、そしてトイレ上部の看板にシンボルマークが追加された点などが挙げられます。このシンボルマークはトイレの使用状況によって色が変わる(空き→緑、使用中→オレンジ、使用不可→赤)ため遠くからでも確認できるという優れものになっています。そのほかにも手洗い周りの機能の追加など正常な進化を遂げているといえます。ただ、便座に関しては旧タイプの独特な形状の便器は新型のフラットなものに比べて案外お尻によくフィットした記憶がありますが・・・。
さて、肝心な使い心地はというとロンドンの例を紹介した際と同様に一度基本的な使い方さえ分かってしまえば後は普通のトイレと同じように使えるという印象です。カプセルのような外観と内部の狭さから想像するよりは圧迫感は少ないですし、特に新しいタイプにおいては一通りの設備は整っています。約420箇所あるということで少なくとも筆者の印象では数百メートル歩けばサニゼットに当たるというくらい良く見かけたのに加え、今や無料で利用できるようになっていますからパリのトイレ事情も決して悪くないといえると思います。ただし、最初に述べたようにこのトイレを抵抗なく利用するには基本的な利用方法とシステムを利用者に浸透させる必要がありそうです。パリは観光客も多い都市ですが、その中でこのようなトイレを目にするのは初めてという人は決して少なくないはずで、そういった人に向けて利用方法の説明をフランス語だけでなく少なくとも英語を併記したほうがいいのではないかと思いました。また、センサーについても10歳前後の子供が保護者同伴で利用するというのはこのトイレの限られたスペースを考慮しても少々現実的ではないと思われるため、今後センサー感度の向上など何らかの対策をして欲しいとも感じました。重量センサーの誤作動以外の原因で内部に人が入っている最中に洗浄機能が作動してしまったというケースはどうやら無い様で、もともとの信頼性は高いトイレであるようなのでこの部分が改善されればその省スペース性からトイレ事情の悪い都市の救世主となる可能性があるのではないでしょうか。最近ではバリアフリー対応のものも増えてきているようですし。
さて、今回は元祖全自動トイレであるサニゼットを紹介しましたが、基本的なデザインを守りながら徐々に使い勝手を改善させていくという姿勢には好感が持てます。内部に息づく徹底した合理主義やシンプルながらも時代の流れに流されにくい外観デザインなどどことなくフランスらしさを感じさせるトイレという印象を受けました。また、使用後に内部を洗浄するというアイディアにおける先駆者とあってサニゼットだけでなくバスターミナルなどの建物内のトイレや観光地の公衆トイレなど普通のトイレと同じ外観で洗浄機能を持たせたトイレの多さにも驚きました。ウォシュレットの高い普及率や自動便座開閉に音楽再生などトイレのハイテク化においては日本は一歩進んでいる思っていましたが、フランスという西の雄の存在に気づかされました。
それではまた次週
<今回紹介したトイレ>
最初の画像のサニゼット
モンマルトルのケーブルカー乗り場付近
二つ目の画像のサニゼット
メトロ イタリー広場駅そば

衛生陶器愛好家の、トイレ巡礼