「たけしに、子供をさらわれたと思ったら、たけしを孫にして戻ってきた」

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お笑いの仕事は、たとえ「成功」しなくても、「失敗」を「笑う」ことが出来る。「失敗」がネタになり「成功」へ繋がっていく。突き詰めて考えると「失敗」がありえない。どんな職業にも、どんなに「成功」しても考えが行き詰まり、出口がない状況はありえるが、お笑いの仕事は、「笑う」ことで、全て一点突破できる。世界唯一、最強最後の仕事だと思った。

この「たけし」の下へ行けば、全てが変る!

その日から、受験勉強も始めた。

そして、大学受験の上京はその口実であった。

そして予定通り、大学は4日、取得単位ゼロで辞めた。それでも優柔不断な俺は、弟子入りするには4年間も長い逡巡があった。

そして、23歳のとき、多くの仲間が進路を決めた時、弟子志願を試み、たけし軍団に潜り込み、親にはなんの相談もなく、いつの間にか、「浅草フランス座」のストリップ小屋に住み込んでいた。

事情を知った、田舎の両親は慌てて、二人して、俺を連れ戻しに来た。

浅草のホテルへ長逗留し、「子供を返せ!」とまるで後に社会問題化したオウム信者の親御さんのような風情でフランス座へ通い寄った。

劇場でエレベーターボーイをしながら、客の呼び込みをしていた俺は、両親の姿を見ると、屋上へ駆け上がり、顔を合わせようともしなかった。

それでも親元へ戻らなかった俺を母は長い間、「たけしに子供をさらわれた」と言っていたそうだ。

そりゃあそうだろう。

20年も前のたけし軍団は、昔のイメージのサーカスと変っていなかった。

その後、10年間は、実家とも音信普通だった。

親にしてみれば、勘当ものであったのだろう。

しかし18年後、俺に子供が生まれ、「たけし」と名づけ、田舎へ連れ帰ったとき――。「たけしに、子供をさらわれたと思ったら、たけしを孫にして戻ってきた」

と母は言った。

(「本業―タレント本50冊・怒涛の誉め殺し!」(あとがきより))


 これも以前に紹介した、水道橋博士の著書よりの引用である。「膨大で払いきれない有名税に対するタレント本人による青色申告書」と位置づけるタレント本の批評を、日経エンタテイメント上にて連載、それらをまとめた一冊である。
 彼の子の名前は、彼の師匠の名前そのまま「武」という。このことこそ、師匠への敬愛の念、つまるところ、師匠に指摘されていた「誰かを好きになり過ぎ」る、という癖を示している、と解釈できるだろう。
 私は、上記の引用部分を読んで感動してしまった。「お笑い」という仕事を一生の仕事として全うできると確信した水道橋博士の若気と、そのことを心配する両親の顛末…
 だがここでは、水道橋博士のセンスの非凡さについてもう少し掘り下げたい。それは淡々と過ぎ行きがちである日常を面白おかしく切り取り、そしてそれを編集し、再構築してみせるセンスだ。
 ここでひとつ問いを立ててみる。実際問題、水道橋博士の母は本当に上記のような言葉を言ったのだろうか?
 いや、言っていなくともそれは芸人の「ネタ」として処理されるべきで、それこそが芸人の仕事である。だから真偽を疑うことはナンセンスだ。(私は事実であると信じているのだが)
 そこでこの「芸人の仕事」ともいうべき「日常を面白おかしく切り取る技術」に注目したい。
 「考えるための道具、それを「考具」と呼んでみましょう」と冒頭で語る、アイデアを発想する具体的な方法論について解説している本「考具」(加藤昌治著)で、「カラーバス」という方法論を紹介している。

 カラーバス。聞いたことがありますか? バスはBATH。色を浴びる、ということです。方法は簡単。朝、家を出る前に「今日のラッキーカラー」を決めます。赤? 青? 黄色?何色でも構いません。たとえば「今日は赤だ!」と決めます。そしていつものように会社まで通勤してください。

 すると「今日は赤いクルマが多いなぁ」……何だかよく分からないけど妙に赤いクルマが目につくんです。屋外看板広告も赤いのが目に入る。これがカラーバス効果。

 たぶん統計学的には赤いクルマの通行量はいつもと同じはずです。違っても数パーセントでしょう。ところが自分が「今日は赤」と意識しただけで、やたらと目に付くんですね。不思議です。見えるから見る、へ。SEEからLOOKに変わるんです。

 これは色に限りません。自分が気になっていることに関する情報ってなぜか向こうから自分の目に飛び込んでくる気がします。そんな経験はないですか?

 私たちの頭や脳は「これが知りたいな」となかば無意識に思っていることを命令として捉えているのかもしれません。勝手に探してくれている感じがするほどに。その経験を意識的な作業として変換してみるだけです。(P44-45)

 この本の文脈に沿って考えてみるに、水道橋博士の場合、カラーバスならぬ「おもしろバス」という考具を使っている、と考えることができる。(いや、そうしている人間を元来芸人と呼ぶべきなのだろう)つまり日常の何気ない日々の中から笑える事象を無理やりにでも抜き出し、言語化する、という作業を意識的に行っているのだ。
 たとえば、この本の中で、えなりかずきの「えなりかずきの しっかりしろ!」という本に言及した際の文章。

 さて、先日、さとう珠緒ちゃんにメーク室で会った。

 女性誌で、彼女とえなり君のデートを報じられていたので、既にえなりの”いなり”を拝むほどの仲なのか、その真意を直接、聞いてみた。(P39)

 どうでしょう。「おもしろバス」を使用している、ということはお分かりいただけるでしょうか。
 (上記の文章について、解説しようと思ったが、野暮なのでやめます)


■今回紹介した本
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(「本業―タレント本50冊・怒涛の誉め殺し! 」浅草キッド 水道橋博士 ロッキング・オン)

名言集