お酒を飲んでいるとき、有名人を見ると嬉しくなる。
ただ道ですれ違うだけではダメなのである。
隅田川でお花見をしているなぎら健壱を見たときは嬉しかった(「浅草へ行く(前編)」)。
(正確に言えば、このとき私はまだ飲んでなかったのだが)
あまりにもなぎら健壱らしくて嬉しくなった。
新宿の立ち飲み屋で高橋克実を見たときや、渋谷のホルモン焼き屋で井筒監督を見たときも、なんとなく嬉しかった。
なんとなくだけど。
この前(10/16ぐらいだったかな)、浅草の神谷バーでデンキブランを飲んでいたら、岩満重孝を見た。
(「神谷バー」については、「浅草へ行く(後編)」「浅草へ行く②(「猫の皿」編)」にも書いた。デンキブランは「古今亭志ん生の酒」にも少しある)
「あっ、岩満重孝だ」と思ったわけでは決してない。
そのときは「岩満重孝」という名前も知らなかったのだ。
少し聞こえてきた会話の内容から、どうも作家らしい、ということが分かった。
手には本を持っている。
表紙には、「魚」という文字が見える。
後日、ネットで検索して、これかもという本を書店で見てみると、カバーに神谷バーで見た顔があるではないか。
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岩満重孝『百魚歳時記』(中公文庫2003年改版)
思わず買ってしまった。
この本は、130点の魚が、ひとつが見開き2ページのスペースで、著者のイラストつきで、紹介されている。
ところで、昨日、魚を食べに伊豆に行ってきました。ついでに温泉も。
(ホントは逆です)
目的地は北川温泉。
途中、熱海港の食堂で鰺のタタキと烏賊の刺身を食べた。
鰺について、『百魚歳時記』にはこうある。
また新井白石の『東雅』によると、
――アジとは味也、その味の美をいふなりといへり。
とある。もっと直感的に見れば、鰺の字を見てもわかるように、味がよいからその魚に向かって見参する。だからあのような字になったともいえはしないか。
しかし、熱海の鰺はそんなに美味しくなかった。
夏は酒好きなものにとって天国だ。くさやでやるもよし、鰺のたたきでやるもよしだ。私なども夏になれば、ゆきつけの店へ寄ってそれを食べる。魚が新鮮なので自然と魚好きが集まるらしい。
今度は夏に行ってみようか。
烏賊の項にはこんなことが書いてある。
それはそうとイカの身体の向きを知ってるかいと、鳶職の留さんに訊ねたら、
「馬鹿にすんねえ、三角の方が前にきまってらあ」
と答えたが、足のついてる方が前である。
「そんじゃあ足の方へ泳いでゆくのか、べらぼうめ」
留さんのいうとおりだが、実はイカは漏斗の向きが自由に変えられるので、前後左右どこでも泳げるのである。
これは関係ないか。
烏賊もそんなに美味しくなかった。
北川温泉に着き、旅館の屋上の露天風呂に入り、海を眺めた。
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夕飯にホウボウの刺身がでた。
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(写真の上の方にあるのがホウボウ)
何しろ寒い冬は、ホウボウのうまい季節である。赤い色の、あの角ばったサカナがと首をかしげる人があるだろうが、これがよすぎるのだ。刺身、塩焼き、ちり鍋、椀種、どれも旨い。
「昔から鯛同様におめでたいサカナとされてきた」そうだ。
これはよかった。
寒い冬に、ちり鍋も食べてみたい。
それから、カマスの唐揚げも食べた。
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サンマとともに忘れられない初秋の魚、それはカマスである。
この魚、見かけはスマートだが、見るとよくわかるが錐のような歯があり、それで小さな魚族を襲う。そのすばやい襲い方は見事なものだという。
写真ではその歯は分かりにくいかな。
岩満重孝は、開き干しが最高だという。
夕飯を食べて暫し休憩。
夜、近くの居酒屋で伊勢海老を食べた。
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食べ方はどうということもないが、活作りにして山葵醤油とぽん酢で食べる味が最高。
活作りを食べた。
おろしたての山葵が添えられていた。
身がプリプリしていて美味しかった。
身を食べたとき、伊勢海老の目が動いたが、あれは自分の身が食べられているのを見ていたのだろうか。
活作りを食べ終わると、みそ汁を作ってもらった。
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これがまた旨い。
汁も旨いが、足の身も旨かった。
その後、部屋で飲んだペプシコーラもなぜか旨かった。
しかし、今日食べた廻転寿司はスゴクまずかった。