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2005年10月17日

『ボブ・ディラン自伝』は読めるかな


『エンタクシー』(扶桑社2005秋)に載っていた坪内祐三の『ボブ・ディラン自伝』(ソフトバンクパブリッシング2005年)の書評に興味を持った。

 翌日、私は約二時間半でこの三百六十ページほどの本を読み終えた。
 つまり、品川から新大阪に向かう新幹線「のぞみ号」の車中で読み終えたのである。
 ぞくぞくするほど面白かった。
 これは、けっして大げさな表現ではなく、実際、途中で何度か、私の体に電気が走った。
 読みはじめ(最初)から最後まで、様々な箇所で、私の神経や記憶を強く刺激した。

ボブ・ディランの本が面白い?
私には信じられない。


私はボブ・ディランの『タランチュラ』(角川書店1973年)を持っている。
『別冊文藝 ボブ・ディラン』(河出書房新社2002年)の「ブックガイド」にはこう紹介されている。

 ディランの著作としては『タランチュラ』(片岡義男訳、角川書店/一九七三年)がある。一九六三年ごろから執筆を始め、一九六六年に出版直前までいったが、バイク事故などにより延期になり、一九七〇年に発表された。奔放なイマジネーションから生まれたさまざまなキャラクターが登場する幻想的な詩文集。原書(St.Martin's Press,1994)は比較的容易に手に入る。

「原書は比較的容易に手に入る」というぐらいだから、翻訳はなかなか手に入らないのかなァ。

で、その『タランチュラ』のはじめのところをを少し読んでみたのだが、全く分からない。
何も頭に入ってこないのだ。

「銃たち、罰せられざる鷹のマウスブックとギャシュキャット」という文章の冒頭の部分を引用してみよう。

アリーサ/神と男とについてうたうジューク・ボックスの結晶のようなこの女王は酒がまわって血が酒にかわってしまったような傷のなかに拡散していき甘い音の波に心をとめるようにしようとし、片輪になりながら、おお、あの偉大な黄金郷に歓迎の声をあげる、よろめき傷ついた自分だけの神、しかし彼女はできない、あなたがついていく人たちのリーダーである彼女だが、彼女にはできない、彼女にはうしろだてがない、彼女にはできない......

分からない。
しかし、訳者の片岡義男はその「あとがき」でこう書いている。

 ボブ・ディランの『タランチュラ』は、難解である、とよく言われているが。けっしてそのようなことはない、という点についてのみ、すこし書いておこう。
 知的な好奇心に多少とも燃えていて、普通程度あるいはそれよりすこしましな教育をうけたアメリカ人ならば、ボブ・ディランのこれまでの活動や作品に関してほとんどなんの予備知識がなくても、『タランチュラ』は楽しく読みとおせるし、ボブ・ディランがなにを言っているのか、充分に聞くことができる。

そうかなぁ~。

ディランの文章も、音楽と同じように「慣れ」が必要なのだろうか。

『タランチュラ』に挫折したけど、『ボブ・ディラン自伝』は読めるかなァ。

【『エンタクシー』のせいで今回はボブ・ディラン】
【ボブ・ディランと吉田拓郎、とみうらじゅん】


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