古今亭志ん生の酒


NHK教育テレビの「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」の9月は山本晋也が古今亭志ん生を取りあげていた。
古今亭圓菊によれば、志ん生は、天丼に日本酒を注いで食べていたそうだ。(※1)
ベチャベチャにして食べたと、NHKで言っていた気がしたが、そのテキストでは触れられてないので確認は出来なかった。
しかし、志ん朝はこう言っている。

 親父は天丼が出来上がると蓋を取って、酒をグーッと飲んで、ちょっと残ったやつを天丼にかけて蓋をしてね、しばらく蒸してから食べる。
高田文夫 笑芸人編著『ありがとう笑名人』白夜書房2003年

志ん生の娘美津子もこう言っている。

 天ぷら屋さんのときは、あたしは最初から天丼を作ってもらうんだけど、お父さんはお酒飲みながら、つまみで何品か揚げてもらってました。それで締めに天丼を食べるの。天丼を頼んだら、残ってたお酒をキューッと飲むんだけど、一口だけとっておくんですよ。で、運ばれてきた天丼の上にお酒をかける、これがお父さんのいつもの食べ方なんです。そういえば、お寿司屋さんでマグロ丼や穴子丼を頼むときも、残した一口だけのお酒をかけてたわね。
美濃部美津子『おしまいの噺』アスペクト2005年


マグロ丼にも酒をかけてたのか。
どうやら、天丼には一口分日本酒をかけていたみたいだ。
(私も「てんや」でやってみたが、酒のにおいが上がってきてなかなか良かった)
ここまではマクラである。
マクラといえば、志ん生はこんなマクラを高座でやっていた。

タテに歩いているカニが居て「変だね」というと「へい、酔ってるもんで」なんて何でもないものがあの人がいうから変に可笑しいんです。
(鴨下信一・高田文夫「志ん生と江戸の笑い」高田文夫編『江戸前で笑いたい』中公文庫2001年

こんなマクラが面白いのは、志ん生といえば酒だからである。
酒といえば志ん生なのだ。
では、志ん生の酒についてみてみよう。
●子ども頃から飲んでいた

 あたしは、十三、四でもう酒ェくらっていたんですが、酒屋がそんな年ごろの子供に、平気で酒ェ売るんですからしようがない。
古今亭志ん生『びんぼう自慢』ちくま文庫2005年

十三、四の頃から酒屋の前へ突ったって、ひや酒をマスからガブガブと飲んでたんですから、末おそろしい子供だったんですよ。エエ、その頃は酒屋でも平気で酒を飲ませてくれたんですよ。子供にだって……。
古今亭志ん生『なめくじ艦隊』ちくま文庫1991年

今でいう中学生の頃から飲んでいたらしい。
(そういう時代だったのかなァ)
それから、若い頃デンキブランも読んだようだ。

若い時分はよく、電気ブランてえのを呑みましたよ

浅草に玉村という馬肉屋があって、そこで電気ブランてえのを売っていた。一ぱいがたしか七銭でしたよ。その一ぱいてえのが、酒の五合ぶんに当たるほど酔うんですよ。あくる日なんぞ、舌のさきがノリをつけた浴衣みたいにつっぱってしまう。よっぽど強かったんですね。
古今亭志ん生『びんぼう自慢』ちくま文庫2005年

やっぱり私の飲んだデンキブランは弱くなったものなのだろうか。
酒五合ぶんに当たる電気ブラン飲んでみたいな。
●志ん生はこのぐらい飲んでいた
志ん生はどのぐらい飲んでいたのだろうか?

 大病をする前はてえと、朝、ひる、晩、それに寝る前と、一升びんを一ン日に四回にわけて、冷やのまんまあけるのが楽しみでしたが、病気のあとはそうはいきません。
古今亭志ん生『びんぼう自慢』ちくま文庫2005年

大病というのは、1961年12月15日、巨人軍の優勝祝賀会で脳出血で倒れたことをいっている。
一日一升ですか。
大病後は…

 あたしのいまの道楽ゥてえと、酒と将棋ですな。酒は一ン日に、三合ばかり呑む。
「ケチケチしねえで、もっと出せやい」
 なんていってもダメなんですよ。
古今亭志ん生『びんぼう自慢』ちくま文庫2005年

大病後は一日三合らしい。
しかし、これは志ん生の自己申告である。
では、志ん生の娘美津子の話を聞いてみよう。

談志 売れてきてからの志ん生師匠はどうだったんですか。やっぱり大酒飲みだったの。
美濃部 お酒は好きでしたけど、それほど大酒飲みでもないですよ。家で飲む時は、冷やでコップ三杯くらい。つまみは豆とお刺身。
(『東京人』2003/12号立川談志×美濃部美津子「古今亭にはかなわぇ」)

 意外に思われるかもしれませんが、お父さんはそんなにたくさんは飲まないんですよ。ウチで飲んでても、コップに一杯か二杯。三杯飲むことは珍しかった。その代わり、朝っから飲んではいましたけどね。
 最初はちびちび飲んでるけど、さあごはんだって皆が座ると、キューッて飲み干して、一緒にごはんを食べるんです。
美濃部美津子『三人噺』扶桑社2002年

実は志ん生は、2、3杯(合)しか飲んでないのだろうか。
飲んだくれのイメージは作られたものなのだろうか。
しかし、こんなエピソードもある。
「戦争中の酒のない時分、横綱の双葉山」と酒の呑み比べをした。
二升はあけたが、「双葉山はまだ平気な顔で呑んでいる」。
「もう腰くだけです。とても横綱にゃァ勝てません」
古今亭志ん生『びんぼう自慢』ちくま文庫2005年
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(※1)
志ん生行きつけの店は上野広小路の「天庄」である。
私は湯島天神裏の「天庄」で天丼を食べたことがる。

【古今亭志ん生の酒(2杯目)】

書を持って街へ出る