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これまで、井狩春男の『返品のない月曜日』(ちくま文庫1989年)『本屋通いのビタミン剤』(ちくま文庫1993年)『ベストセラーの方程式』(ちくま文庫1995年)について書いてきた。
井狩春男の話は今回で終わりにしよう。
井狩春男は中央大学第二文学部を中退している。
唐沢俊一の『古本マニア雑学ノート』(幻冬舎文庫2000年)に
古本マニアの中には、大学の神田に近い(当時)という理由で中央大に入り、職場も、住居も、全て神田のそば、という基準で決めた、というスゴい人がいる(例えば推理作家の逢坂剛氏など)。
とあるが、井狩春男そういう理由で中大に入ったのだろうか。
まあ、そんな話はどうでもいい。
この3冊を読んでみて感じたのは、第1作が面白く、だんだんイマイチになっているということだ。
なぜ、デビュー作が面白かったのか考えてみたい。
まず、著者の「気構え」の問題がある。
高校生の頃から、叶わぬ夢を見ていた。一生に一度でいい、自分の本を持ちたい、と。それが、一九八五年十一月に現実になってしまった。『返品のない月曜日』(筑摩書房)がそれである。この本が世に出てから、現在でもいい夢を見続けているような気がする。
と、『本屋通いのビタミン剤』の「あとがき」にあるが、つまり、井狩春男はデビュー作を「一生に一冊の本」として書いたのだ。
当然、その他の本とは気構えが違うだろう。
(そして、それが空回りしなかったのが良かった)
しかし「気構え」なんてェのは、話のマクラである。
これから、デビュー作とは何か、事例を挙げて考える。
中山康樹の『ディランを聴け!!』(講談社文庫2004年)にこうある。
402ドル。それがデビュー・アルバム『ボブ・ディラン』の総制作費だったという。1961年当時の402ドルがどの程度の価値をもっていたのかはともかく、最低かそれに近い制作費であったことは間違いない。アコースティック・ギターの弾き語りということからそうそう制作費がかかるわけではないが、それにしても安い。
こんな制作費であったボブ・ディランのデビュー作『ボブ・ディラン』はどんなアルバムなのか。
いまディランのデビュー・アルバム『ボブ・ディラン』を研究的資料的な意味以外で聴くことはかなり苦しい。
「かなり苦しい」ですかァ。
そのあと、こう続く。
もっともそれはディランだけでなく、とかくデビュー・アルバムとはそういうものであり、たとえばビーチ・ボーイズ『サーフィン・サファリ』、ローリング・ストーンズ『イングランズ・ニューエスト・ヒット・メイカーズ』といったデビュー・アルバムにしても正視できないところがある。
そうか、ディランさん(※1)だけじゃなかったのか、と安心していると、こんな続きがある。
その点ビートルズの『プリーズ・プリーズ・ミー』は見事なデビュー・アルバムで、こうしたちがいはデビュー時におけるミュージシャンの確信と自信の深さによるものと思われる。
中山康樹は『これがビートルズだ』(講談社現代新書2003年)でも、ビートルズのデビューアルバムを絶賛している。
ロックにおけるもっとも革命的な一日を挙げよ。そう問われれば、一九六三年二月一一日を挙げる。ビートルズはこの日、約一〇時間でデビュー・アルバムに収録する一〇曲を一気にレコーディングした。その瞬間、すべてが変わった。ビートルズ以前のロックはオールディーズと化し、未来はビートルズの手に委ねられる。だがそれは”ロック”を超えた、すべての価値観と基準を根底からくつがえす革命となる。その”革命”の幕が切って落とされたのが、観測史上もっとも寒い冬のひとつに数えられるこの年のこの日だ。
ロックの場合、たいていのデビュー作は良くないが、ビートルズは違うようだ。(※2)
つぎは、漱石の話。
『文藝春秋』の1998/8号に「政・官・財・文化人大アンケート 二十世紀図書館」
というのがあり、井上ひさしと立花隆が対談をしている。(※3)
立花 『吾輩は猫である』が三位、『坊つちやん』が十位、『こころ』が十五位。漱石は人気がありますね。
井上 著者別で漱石は日本の第一位です。
漱石学者の研究家に叱られるかもしれませんが、僕の率直な印象では、どうも漱石は年代を追うごとにつまらなくなる。『吾輩は猫である』は傑作、『坊つちやん』は日本一、『草枕』も大好き。ところが、『門』『彼岸過迄』『こころ』『道草』『明暗』と進むにつれて、漱石の苦闘ぶりはわかるんですが、なんだか生きがわるくなる。前期のものは、日本語と共に考えている。日本語のいちばんいい部分を使って、好きなように書いている、日本語との幸せな関係を保っていた時期です。ところが小説というものを意識するにつれて言葉の豊かさが失われて行く。開拓者の苦しみというものなんでしょうが、このアンケート結果でも、『猫』『坊つちやん』『こころ』の順ですし、漱石後期のものを挙げないのは僕だけの偏りではなかったようです。
夏目漱石もデビュー作が面白いようだ。
ということは、井狩春男は、ビートルズ・漱石的ということか?
なんだかよく分からなくなってきたが、『返品のない月曜日』が良いと思うということです。
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(※1)みうらじゅん風
(※2)『これがビートルズだ』の「あとがき」にこうある。
ビートルズのアルバムすべてが、いや『イエロー・サブマリン』をのぞくすべてのアルバムが”ベスト盤”なのである。
だからビートルズはデビュー作以降もすばらしいというわけだ。
そこが井狩春男とは違う。
(※3)そのアンケートの結果はこれである。
日本の本ベスト67
1 司馬遼太郎『坂の上の雲』文春文庫
2 西田幾多郎『善の研究』岩波文庫
3 夏目漱石『吾輩は猫である』各社
4 梅棹忠夫『文明の生態史観』中公文庫
5 島崎藤村『夜明け前』岩波文庫
6 九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫
永井荷風『断腸亭日乗』岩波文庫
8 吉川英治『宮本武蔵』講談社文庫
和辻哲郎『風土』岩波文庫
10 夏目漱石『坊つちやん』各社
丸山真男『現代政治の思想と行動』未来社
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』各社
森鴎外『渋江抽斎』中公文庫
14 日本戦没学生記念会編『きけわだつみのこえ』岩波文庫
15 大岡昇平『レイテ戦記』中公文庫
夏目漱石『こころ』各社
柳田國男『遠野物語』各社
18 遠藤周作『沈黙』各社
岡倉天心(覚三)『茶の本』岩波文庫
川端康成『雪国』岩波文庫
中里介山『大菩薩峠』ちくま文庫
埴谷雄高『死霊』講談社
23 大岡昇平『野火』新潮文庫
志賀直哉『暗夜行路』各社
三島由紀夫『豊饒の海』新潮文庫
与謝野晶子『みだれ髪』角川文庫他
27 倉田百三『出家とその弟子』新潮文庫
塩野七生『ローマ人の物語』新潮社
司馬遼太郎『街道をゆく』朝日文庫
太宰治『人間失格』各社
谷崎潤一郎『細雪』各社
夢野久作『ドグラ・マグラ』各社
吉本隆明『共同幻想論』角川文庫
34 石光真清『曠野の花』を含む四部作 中公文庫
石牟礼道子『苦海浄土』講談社文庫
井伏鱒二『黒い雨』新潮文庫
大江健三郎『万延元年のフットボール』講談社文芸文庫
斎藤茂吉『赤光』各社
鈴木大拙『禅と日本文化』岩波新書
谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫
谷崎潤一郎『春琴抄』各社
永井荷風『墨東奇譚』各社
中島敦『李陵』各社
萩原朔太郎『月に吠える』各社
丸山真男『日本政治思想史研究』東京大学出版会
三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫
柳田國男『海上の道』ちくま文庫他
48 有島武郎『或る女』各社
石川啄木『一握の砂』各社
伊藤整『日本文壇史』講談社文芸文庫
今西錦司『生物の世界』講談社文庫
岡本綺堂『半七捕物帳』光文社文庫
河上肇『貧乏物語』岩波文庫
小林秀雄『無情といふ事』新潮文庫
小林秀雄『モオツアルト』新潮文庫
司馬遼太郎『竜馬がゆく』文春文庫
津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』岩波文庫
土居健郎『「甘え」の構造』弘文堂
徳富蘇峰『近世日本国民史』講談社学術文庫
中根千枝『タテ社会の人間関係』講談社現代新書
夏目漱石『明暗』各社
花田清輝『復興期の精神』講談社学術文庫
宮沢賢治『春と修羅』各社
山田盛太郎『日本資本主義分析』岩波書店
山本七平『私の中の日本軍』文春文庫
山本周五郎『樅ノ木は残った』新潮文庫
和辻哲郎『古寺巡礼』岩波文庫
海外の本ベスト67
1 J.M.ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』東洋経済新報社
2 魯迅『阿Q正伝』各社
3 S.フロイト『精神分析入門』各社
G.ガルシア=マルケス『百年の孤独』新潮社
5 A.カミュ『異邦人』新潮文庫
R.カーソン『沈黙の春』新潮文庫
F.カフカ『変身』各社
M.プルースト『失われた時を求めて』ちくま文庫
R.ロラン『ジャン・クリストフ』岩波文庫
M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫
11 T.マン『魔の山』岩波、新潮
12 J.ジョイス『ユリシーズ』集英社
M.ミッチェル『風と共に去りぬ』新潮文庫
14 P.バック『大地』各社
W.チャーチル『第二次世界大戦回顧録』河出文庫
M.デュ=ガール『チボー家の人々』白水社
V.E.フランクル『夜と霧』みすず書房
J.A.シュンペーター『経済発展の理論』岩波文庫
19 R.ベネディクト『菊と刀』現代教養文庫
J.P.サルトル『嘔吐』人文書院
A.トインビー『歴史の研究』社会思想社
22 A.ソルジェニーツィン『収容所群島』新潮文庫
F.カフカ『審判』各社
J.P.サルトル『存在と無』人文書院
ユン・チアン(張戎)『ワイルド・スワン』講談社文庫
26 E.ヘミングウェイ『老人と海』新潮文庫
G.オーウェル『1984年』ハヤカワ文庫
E.M.レマルク『西部戦線異状なし』新潮文庫
O.シュペングラー『西洋の没落』五月書房
J.スタインベック『怒りの葡萄』岩波、新潮
31 A.ジイド『狭き門』各社
H.ヘッセ『車輪の下』各社
J.ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』中公文庫
F.カフカ『城』各社
P.ケネディ『大国の興亡』草思社
毛沢東『毛沢東語録』平凡社ライブラリー
J.オルテガ=イ=ガセット『大衆の反逆』角川文庫
サン=テグジュペリ『星の王子さま』岩波少年文庫
39 J.L.ボルヘス『伝奇集』岩波文庫
S.ボーヴォワール『第二の性』新潮文庫
A.クリストフ『悪童日記』早川書房
M.フーコー『言葉と物』新潮社
G.グラス『ブリキの太鼓』集英社文庫
M.ガンディー『自叙伝-真理の実験』中公文庫
A.ヒトラー『我が闘争』角川文庫
E.ヘミングウェイ『武器よさらば』各社
J.ホイジンガ『中世の秋』中公文庫
F.A.ハイエク『隷従への道』春秋社
D.H.ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』新潮文庫
S.モーム『人間の絆』新潮文庫
M.マクルーハン『人間拡張の原理』竹内書店新社
J.P.サルトル『自由への道』人文書院
A.トフラー『第三の波』中公文庫
M.ウェーバー『職業としての学問』岩波文庫
55 F.ブローデル『地中海』藤原書店
W.ベンヤミン『複製技術時代の芸術』晶文社
C.チャップリン『チャップリン自伝』新潮文庫
R.チャンドラー『長いお別れ』ハヤカワ文庫
A.カミュ『シーシュポスの神話』新潮文庫
A.ソルジェニーツィン『ガン病棟』新潮文庫
J.ドス=パソス『U.S.A.』岩波文庫
W.フォークナー『八月の光』新潮文庫
M.ハイデガー『存在と時間』岩波文庫
T.マン『ブッデンブローク家の人びと』岩波文庫
R.M.リルケ『マルテの手記』各社
L.ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』法政大学出版局
M.ウェーバー『経済と社会』みすず書房
作家別得票順位
日本の作家
1 夏目漱石(68)
2 司馬遼太郎(61)
3 柳田國男(29)
4 西田幾多郎(24)
5 谷崎潤一郎(23)
6 永井荷風(22)
丸山真男
8 島崎藤村(20)
森鴎外
10 梅棹忠夫(19)
大岡昇平
宮沢賢治
13 三島由紀夫(17)
吉川英治
和辻哲郎
16 芥川龍之介(15)
小林秀雄
18 九鬼周造(14)
太宰治
海外の作家
1 魯迅(30)
2 F.カフカ(28)
M.ウェーバー
4 T.マン(25)
J.P.サルトル
6 J.M.ケインズ(24)
7 S.フロイト(21)
8 A.カミュ(20)
E.ヘミングウェイ
10 G.ガルシア=マルケス(19)
11 H.ヘッセ(15)
J.ジョイス
13 M.プルースト(14)
R.ロラン
15 W.チャーチル(13)
A.ソルジェニーツィン
P.F.ドラッカー
R.カーソン
J.A.シュンペーター
【『返品のない月曜日』】
【『本屋通いのビタミン剤』】
【『ベストセラーの方程式』】
【まだサイン本】