まだサイン本


今回もサイン本。
前回、永六輔についてあまりいいことを書かなかった気がする。
「評論(?)のたぐいは、世を誤るもの」と引用したり、「サイン会の時も怖かった」と書いたりした。
バランスをとるために、『ベストセラーの方程式』(ちくま文庫1995年)にこういのもあったので、引用する。

「永六輔のサイン会をこれから始めまーす」と、本屋さんの店先で、ハンドマイクで通行人に呼びかけているのは、永六輔さん自身だった、という。なんとも、温かみのある、イイ人だと、その話を聞いた時に思った。
(略)気取ったり、偉ぶらないところが、好感が持てる。

『本屋通いのビタミン剤』(ちくま文庫1993年)にサインの速さの話があった。
「人にもよるが(1時間で)平均一〇〇冊くらいサインをする」
「水上勉氏は、一時間に毛筆で二〇〇冊という、スピードである」
池田満寿夫は「なんでも一時間に三〇〇冊以上こなすそうである」
しかし、『ベストセラーの方程式』には、
「かなり速い人で、例えば水上勉さんは、筆で一時間に三〇〇冊をこなす」
とある。
練習して速くなったのだろうか。


サイン本の話だから、ついでにこれも。

福田 怖いなあ。ワタクシも時々やっちゃうんだ、サイン本を古本屋へ。一番やっかいなのが辻仁成と猪瀬直樹。この2人は、見返しだけじゃなくて、2ページに渡ってサインしてくるの。「友情をこめて! 辻仁成。福田和也様」みたいな。
坪内 オレ、「福田和也君へ」と書かれた本が古本屋の目録に載ったのみたよ。竹熊健太郎の本に、なぜか康芳夫氏がサイン書いてる本。
福田 ほんと? まずいなあ、それ。でも、なんつっても猪瀬直樹がすごいよね。文庫本にも毛筆でサインしてくるんだよ。
坪内 それでハンコも押してくるでしょ。
福田 そう! ハンコも。アレは古本屋に売れねえなあ~。
坪内祐三VS福田和也『暴論・これでいいのだ!』扶桑社2004年)(※1)

では、本題のサイン本の紹介をする。
亀山佳明編『スポーツの社会学』(世界思想社1990年)

これは神田の古本屋で買った。「3冊で500円」のうちの1冊だったと思う。
大学時代、私は、体育会に所属していたので(いや、いたのに?)、こういう本を買ったのだ。
立川談志『現代落語論』(三一新書1965年)

これを書いた頃、談志はどんな芸人だったのか。
小林信彦の『笑学百科』(新潮文庫1985年)を見てみよう。

現役の芸人で、もっとも水ぎわ立ったスタンダップ・コミックぶりを見せたのは、立川談志だったと思う。

1963年春、イイノホールで、ひとり芸の大会があった。

このとき、ストライプの背広を着て、傍若無人な悪口を吐きちらし、満場の喝采を浴びていたのが、若き日の立川談志だった。談志はアメリカ映画狂らしいが、スタンダップ・コミックの在り方を画面から学んでいたのだろう。マイクに向かって少し猫背になる形が実にサマになっていた。

談志はアメリカ映画狂らしいが、それは、同じ小林信彦の『定年なし、打つ手なし』(朝日新聞社2004年)からもうかがえる。

(ニューヨークで)ついでに、フッレド・アステアとビング・クロスビーの、というよりも、名曲「ホワイト・クリスマス」が生まれたことで有名な映画「スイング・ホテル」のビデオを買い、色川さんあてに直送した。
 東京に帰ってから電話をかけると、
「あれはすでに持っていました」
 という返事でがっかりした。
「じゃ、無駄になりましたね」
 ぼくが言うと、
「いや、談志に送りますから、無駄じゃありません。あいつ、アステアのファンですから」

(※2)
談志を紹介するのに、小林信彦の文章を2回引用したが、この二人は仲が良くないらしい。(※3)
『定年なし、打つ手なし』には、こういう箇所もある。

東京オリンピックの頃ですが、有望な若手落語家に自著を贈られました。その本自体は非常に真面目なものなのですが、中に、落語とは人間の業の肯定である、といった一行がありました。正直な話、これは困ったな、と思った。評論家なら何を言ってもいいのですが、演者がそんな風に理屈付けをしては困る、五代目古今亭志ん生は「お直し」をそんなことのために熱演したのではない、というのがぼくの思いでした。

この「有望な若手落語家」は当時29歳の談志のことである(と思う)。
確かに、談志は「落語とは人間の業の肯定である」と言っている。
しかし、『現代落語論』のころはまだそのフレーズを使っていないそうだ。
立川志らくの「談志論」(高田文夫編『江戸前で笑いたい』中公文庫2001年)にこうある。

「落語とは人間の業の肯定だ」という三百年の落語の歴史の中で最高のフレーズを世に生み出したのは、談志が四十路半ばの頃である。『現代落語論Ⅱ』の中で書かれた事柄だ。

だから「東京オリンピックの頃」というのは違う。
たぶん小林信彦は『現代落語論』で読んだと勘違いしたのだろう。
(実は私は『現代落語論』を読んでないので、ホントにそのフレーズが登場しないか調べてない)(※4)
それから、もうひとつ仲が悪そうなものを。
小林信彦『名人 志ん生、そして志ん朝』朝日選書2003年)のこれ。

志ん朝さんの死によって、東京(江戸)の落語はほぼ終わったと見るべきだろう。

志ん朝と談志はライバルだと言われてきた。
にもかかわず、「東京の落語は終わった」というのだから、そうとう談志が嫌いなのではないか。
また、

志ん生のテープやCDがいまだに売れつづけているのは驚くべきことだが、大したこともない落語家がCDや本をやたらに出すのは、みっともない。

これは、談志のことを言っているのだろうか?
志ん朝は、「落語は消えてゆくもの」と言って、「自伝、落語論、いっさい活字めいたものがない」。
それを小林信彦は「江戸っ子のいさぎよさ」と言ってる。
それから、志らくによれば、

志ん朝は、テレビ番組で「落語の魅力は?」と聞かれて、平然と「狸や狐が出てくるところです」と答えていた(「談志論」)

そうだ。
二人は全くタイプが違うので、志ん朝派の小林信彦は談志と合わないのだろう。
最後に山藤章二の「現代ライバル論1 志ん朝と談志」
高田文夫編『江戸前で笑いたい』中公文庫2001年
の言葉を引いておこう。

<現代>から<過去>へ客を運ぶのが志ん朝で、<過去>をグイと<現代>の岸に引き寄せるのが談志である。

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(※1)竹熊健太郎と康芳夫については何も知らない、と注を付けようと思ったが、坪内祐三の『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』(新潮社2005年)に少し康芳夫のことが書いてあった。椎名誠のデビュー作『さらば国分寺書店のオババ』(新潮文庫1996年 情報センター出版局版は1979年)について書いてあるところに、こういう箇所があった。

それから、このパーティーで椎名誠の目を引いた、つまり”うに寿司”を一人占めしてしまう、「アメリカのヘビーウェイトの前座ボクサーのような顔をし」た業界人は、たしかあの康芳夫だったはずだ。

そういえば、そんな話もあったなァ、となつかしく、『オババ』を少し読んでみた。
(※2)ここに登場する色川さんとは色川武大である。阿佐田哲也の方が有名かも知れない。
(※3)小林信彦は談志と面識があるらしい。

 当時、志ん朝は、柳朝、圓楽、談志とともに<若手四天王>と呼ばれていた。
 マスコミが好むこうした呼び名は、いつの時代でも似ているが、四人の中でぼくが面識があったのは、立川談志だけだった。彼は三一書房の『現代落語論』という新書本を贈ってくれ、その内容にはとくに異論はなかった。
小林信彦『名人』朝日選書2003年

(※4)小林信彦は『名人』(朝日選書2003年)でこう言っている。

 地方から出てきた学生が、オチケンに入ると、まず、方言、訛りを抜かなければならない。その上で、東京言葉とはいわないまでも、標準語を習得する。落語のどこがすばらしいのか、よくわからないから、理屈を考える。
 すべてが、無理なのである、その挙句、談志が言ったといわれる<落語は人間の業を描くもの>というテーゼにしがみつく。(ぼくが読み直した範囲では、談志の『現代落語論』初版にはそんな大仰な物言いはない。)

やっぱり、勘違いしていると思う。
【『返品のない月曜日』】
【『本屋通いのビタミン剤』】
【『ベストセラーの方程式』】
【いかりのデビュー作】

書を持って街へ出る