循環式と真空式

乗り物、とりわけ電車や飛行機のトイレはなかなか興味深いものがあります。限られたスペースの中に必要な装備を詰め込んだその合理的なつくりもさることながら、流し方一つとっても普通のトイレと違うという非日常感覚にも惹かれます。何しろ移動しているので水は無制限に使うことができませんから、処理方法にも工夫がいるわけです。現在、航空機用には2種類、鉄道車両用にはその2つに加えてさらに2種類加えて計4種類の処理方法が存在します。今回は主に航空機・鉄道車両のどちらにも使われている2つの方式について書いていこうと思います。


本題に行く前に鉄道車両用にのみ使われている2つの方法について軽く触れてみましょう。まず一つは垂れ流し式です。これはその名の通り、一度流したものはそのまま車外に出されます。そして走行中の風などにより、粉々にされ、地面に撒き散らされます。衛生上問題があることや、停車中や住宅密集地を走る区間での使用ができないなどの欠点から最近ではほとんど見かけることもなくなりました。もう一つはカセット式と呼ばれるもので、水は循環せず捨てるだけ(消毒等はします)で汚物のみをカセットに格納、一定期間を過ぎたらカセットの中身を捨てるというもの。衛生面でも合格点、さらに汚物処理施設がいらないなど低コストのトイレとして注目されつつあるそうです。
さて本題ですが、勘の言い方ならもうお気づきでしょう。今回のコラムのタイトル、これがまさにこれから話題の中心にする2つの処理方法なのです。

まず一つは「循環式」と呼ばれる方法です。これは洗浄に使う水を循環させて何度も使うという方式です。流されたものはタンクに溜められ、洗浄水はろ過されて再び使用される、この繰り返しです。一定期間を過ぎて交換されるまで何度も使われる洗浄水は消毒のための薬剤が混ぜられています。この薬剤入りの水は交換したばかりの時は鮮やかな水色(ちょうど「ブルーレットおくだけ」のような色です)なのですが、使用されていくにつれて水色が濁っていき、仕舞いには茶色が混ざったような暗い緑色になります。こうなると見た目も気持ちいいものではありませんが、それ以上にきついのがにおい。排泄物のにおいではなくいかにも薬品のような非健康的なにおいが鼻を襲います。ひどい場合だとトイレの周辺までこのにおいで満たされている、なんていう場合も多くあります。垂れ流しから見れば大きな進歩ですが、やはり快適とは程遠いものがあります。とはいえ、長年にわたって鉄道車両用トイレを支えてきた方式であり、今でも電車のトイレと聞くと「色が付いた薬のような水が流れる」このトイレを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

そして、循環式の欠点をカバーすべく登場したのが真空式です。大層な名前がついていますが、実際の構造もなかなかすごいです。これは簡単に言ってしまえば汚物を掃除機のように吸い込んでしまうという方式です。「流す」のではなく「吸う」わけですね、ですから実際の処理には水を必要としません。実際、この方式の便器では水は便器内についた汚れを洗い流すためだけに使われます。このため、一回の洗浄で使う水の量は循環式と比較しても少なく、水を繰り返し使う必要がなくなりました。さらに、汚物を吸い込む際にその場の空気も一緒に吸い込むことと、吸い込み後は弁が閉まり、タンクが密閉されることによりにおいの発生が抑えられ、より清潔な環境が実現されています。また、汚物やトイレットペーパーが「シュポッ!」とあっ、と言う間に処理される様や、便器内洗浄→弁が開いて汚物を吸引→再び弁が閉じ、洗浄という全行程がシステマチックに行われる様子はなかなか気持ちのいいものです。外観上の特徴としては特に鉄道車両用で「こんな小さくて大丈夫?」と心配になるほど汚物が吸い出される穴が小さいこと。もちろん、実際には何の問題もなく吸い出してしまいます。鉄道車両用としてはまだまだ普及し始めといったところですが、航空機では最近の機材のほとんどが真空式を採用しており、循環式を採用した機材となると内装全体から年代物の雰囲気が漂うものが多いです。例外なのが日本航空(元日本エアシステム)のA300-600Rです。天井から格納されたテレビが出てきたりするようなハイテクな飛行機ですが、トイレは循環式です。
と、いいことづくめのように思える真空式トイレですが、デメリットとして大きいは「洗浄音がうるさい」ということ。汚物を吸い込んで処理する方式のため、吸い込むための機器の音がすさまじいです。
何年も前の日本航空の機内誌「ウインズ(現スカイワード)」で客室乗務員が乗務中のちょっとした出来事を載せているコーナーがあったのですが、「トイレの中からお客様の悲鳴が…、真空式トイレの音に驚いたとのことでした。」というような内容の文章がありました。この当時、私は真空式トイレを搭載した飛行機に乗ったことがなかったので、「どんな音がするんだろう」といろいろ想像をめぐらせていました。その後家族旅行で乗ったのが真空式トイレを搭載した機材だったため、私は心を躍らせながらベルト着用サインが消えてすぐにトイレに向かったのです。すると・・・。
「ゴオオオオーッ!」
ちょうど先に利用していた乗客が出るところだったようで、真空式トイレの轟音が耳に入ってきました。
「・・・・・・・」
想像を絶する音の大きさに私は声が出ませんでした。というよりできるだけこのトイレに近づきたくないと思いました。それ以来、飛行機の真空式トイレはどうも苦手です。もともと飛行機のトイレはあの閉塞感と「ここにいるときに急な揺れが来たら・・・」という無駄な心配をしてしまう私の性格から、あまり落ち着ける場所ではないのですが、さらにこの轟音が重なってさらに落ち着けないのです。電車のトイレならまだ閉塞感が薄いことと、音が飛行機のそれと比較すると心なしか少ない気がするため大丈夫なのですが。しかし、何はともあれにおいの抑制と節水に効果的な方式であるといえます。
と、この二つの方式を比較するとやはり将来性があるのは真空式の方でしょう。トイレ内をよりよい環境に保つことが出来るのに加え、吸引力が発揮できる範囲でなら汚物タンクが便器から離れていても問題なく設置できるという自由度の高さも注目できます。おそらく今後も真空式トイレを採用した乗り物は増えていくでしょう。
しかし、循環式トイレのあのにおいも時に懐かしく感じられるものです。今回の循環式トイレの画像を撮影したときにも感じたのですが、真空式トイレの普及によりあの強烈な薬剤のにおいをかぐ機会が少なくなり、結果として時々このに出くわしたときにあのにおいが不意打ちのように鼻を襲います。しかし、そのときに感じるにおいが決して不快なものではなかったのです。なんともいえない懐かしさがあったのです。いつか循環式トイレの数がさらに減ったときにはあの薬剤のにおいが私にとっては昔を思い出すきっかけを作り出す、そんな効能を持ちそうな予感さえします。それだけ真空式トイレが急激に普及してきたことと自分が意外にも循環式トイレのあのにおいに思い入れが強かったことを再確認したところで、今回のコラムを終わりたいと思います。
それではまた次週
今回紹介したトイレ
・循環式トイレ
JR東日本 485系「かもしか」車内
・真空式トイレ
JR東日本 E231系普通車車内
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衛生陶器愛好家の、トイレ巡礼