タイトルについて+古本本が狙ってる・序


今日(4月11日)は、小林秀雄の誕生日である。
小林秀雄について書きたかったが、今回は第1回なので、
タイトルについて書かなくてはならない。
小林秀雄に登場してもらうのは次回にして、まずは、タイトルについてである。
はじめ、タイトルを「文庫本が狙ってる」にしようと思っていた。
これは、坪内祐三が『週刊文春』に連載している「文庫本を狙え!」(※1)と、
ビートたけしと所ジョージがやっていたTV番組「ドラキュラが狙ってる」(※2)を、
たして、割ったモノであった。
こうすると、従来の人と本との関係、主-客が、逆転する。
人が本を狙うのではなく、人が本に狙われているのだ。
それが、何となく、とぐろっぽい(※3)(※4)。
そして、それを、さらに、とぐろ系的(※5)にすべく
「文庫本」を「100円本」(※6)に変えることにした。
「100円本に狙われている」っていうのが、イイ感じだからだ。


で、「100円本」のゆるい定義。
①バリバリの新刊ではない
 100円本と言うくらいだから、古本である。
 「今月の新刊」では決してない。
 「今年の新刊」でも望ましくない。
②希少価値がついてない
 まア、100円だから当たり前。
 しかし、きっちり100円でなくても良い。
 ブックオフの105円コーナーにありそうな本という程度のモノ。
 例えば、この前亡くなった種村季弘の『書物漫遊記』(ちくま文庫1986年)はダメ (※7)。
 青木正美の『古本屋四十年』(福武文庫1992年)はイイ、と言おうと思ったけど、
 今ネットで調べたら700円ついていたので、ちょっとダメ。(※8)(※9)
以上のような「100円本」をとりあげるのが、この「100円本が狙ってる」である。
今回とりあげる、つまり、第1冊目は、
岡崎武志『古本でお散歩』(ちくま文庫2001年)という、古本本である。
古本本とは、坪内祐三の『文庫本福袋』によれば、こうである。

ふるほんぼん、と読んでもらいたい。もちろん、古本についての本の意味だ。そうすると、古本についての古本は古古本本となってしまうわけだ

この本は、「100円本が狙ってる」の第1冊目としてふさわしい本である。
著者が、「文庫王」「均一小僧」というニックネームをもつ、
第1次オタク世代の人間であるからだ。(※10)
「文庫王」「均一小僧」なんて、まさにドン・ピシャ。
第一次オタク世代には、さっきから出てくる坪内祐三や、みうらじゅん、唐沢俊一、
やくみつるなど、とぐろ系が多い。
みうらじゅんは、
「オリジナリティより編集能力で勝負したい」
と言っていたそうだが、それは象徴的な感じがする。
本の内容は次回かな。
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(※1) 『シブい本』(文藝春秋1997年)『文庫本を狙え!』(晶文社2000年)『文庫本福袋』(文藝春秋2004年) で単行本化されている。
この文春→晶文社→文春という流れがいい
(※2)ウソ発見器を使ったり、遠藤誠弁護士が出てたりしていた。
遠藤弁護士はオウムの青山弁護士が尊敬する人だったような気が。
(※3)ここでは、「とぐろ」とは何かを定義しない。
その非定義も「とぐろ」っぽさなのではないか?
(※4)それと、資本主義社会はとぐろ系社会だ、と言いたいわけではない。
(※5)「系」と「的」は並べて使っていいのだろうか?
(※6)「100円本」は「100円」と「円本」をたしたわけではない。
ここは単純に「100円の本」である。
(※7)私は800円で買った。
(※8)最近ちくま文庫から『古本屋五十年』が出たから、値が付かないと思ったのに…
(※9)まア、 『書物漫遊記』『古本屋四十年』もブックオフの105円コーナーに並ぶ可能性はあるので○でもいいかな。
(※10)万博世代とも言うらしい。(山田五郎『20世紀少年白書』世界文化社2004年
【追記】2009年4月13日にタイトルを「書を持って街へ出る」に変更しました。
【カテゴリータイトル変更「100円本が狙ってる」⇒「書を持って街へ出よう」⇒「書を持って街へ出る」】

書を持って街へ出る